経済産業省プロジェクト「伊藤レポート」の内容とは

藤野英人氏(以下、藤野):じゃあ、皆さんの聞きたいところ。これからの株式市場について話をします。今回の本で書いた3つのお話。「新3本の矢」ですけれども、2014年8月、1年ぐらい前、一橋大学の伊藤邦雄先生を中心に作成された伊藤レポートがありました。

これはもし時間に余力のある方に読んで欲しい。今回はシルバーウィークもありますので、経済産業省のホームページに伊藤レポートというふうにいくと……、Googleで伊藤レポートって入れただけで、経済産業省のページがトップに出てきます。それをダウンロードすると、無料で読むことができます。

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僕の本は1,000いくらかお金を出して買わないといけないですけど(笑)。伊藤レポートの一番大切な本体はタダで読めますから。いいですよね。無料ですからね。ぜひそれをダウンロードしてみてください。PDFで100枚ぐらいあって、かつ、書いてあることが簡単ではありません。

私は実務でずっとしているので、この伊藤レポートに書かれていることの背景とか、中まで深くわかるんですけども。なかなか読み解くのは難しいんですが、ぜひ原典もあたってみてください。パラパラとでもいいから見てください。

伊藤レポートに何が書いてあるのかっていうことですけど、午後にはROE8パーセント以上の達成と書いてありますが、それはちょっと表面的な話で、彼らがこの中で言っていることは何かというのは、持続可能な成長ということですね。

これから日本の会社が伸びるためには、持続可能な成長が大事ですと言っています。ここで厳しく批判されているのは、日本の企業、特に大企業が実は短期的な視点でしか行動していない。1年の決算で見ればむしろ長過ぎるぐらいで、結構四半期の決算でどうなっているかというところで汲々としていると。それが問題じゃないかと。

もっと視点を長くして3年、5年、10年の視点で経営をすべきであると書いてあるのは伊藤レポートの本質なんです。

だから伊藤レポートで書かれているのは何かっていうことは、企業の持続可能な成長を求めている。そのために必要なことは、投資家と会社が適切に対応していくことだということです。

適切に対応するっていうことは、談合ではありません。かなり厳しい緊張関係の中で、お互い丁々発止でやりあっていくことが大切であるということが伊藤レポートで書いてある大きなポイントになっております。

日本の問題点が浮き出た、東芝不正会計事件

奇しくも東芝の事件がおきました。東芝は不適切会計と言ってますけども、最近「粉飾」という言葉がちらほら出てきましたが、最近不適切な「不正会計」という言葉を用いて通してますけれども、かなり多年度にわたって歴代の社長がグルになって会計の操作をしていたという前代未聞の事件が起きたわけです。

その時に弁護士を中心に専門家が第三者委員会を構成して、第三者委員会報告書を出しました。これも無料で読めます。結構難しいけれどもタダで読めますが、そこで書かれてあったことは何か。

実はすごく重要なことがあって、「当期利益至上主義がよくなかった」って書いています。もう1回言います。「当期利益至上主義」です。メディアでは「利益至上主義」と言われてます。

東芝の利益至上主義がこのようなことを生んでしまったということなんですが、会社は利益を上げるのが会社の目的では無いけれども、会社の存在意義ですよね。例えばワコールという会社は、女性を綺麗にするというミッションの元に、最終的には企業の収益を上げるということを行なっているわけです。

だから利益を上げることだけが目的では無いかもしれないけど、利益を上げることは会社にとって存続するためにとても大事なことなんですね。だから利益至上主義が悪なのではない。だからメディアは結構間違っています。

「東芝が問題だったのは、利益至上主義が悪だった」とか言って書いてあるけれども、これは間違いです。なんでかって言うと第三者委員会では、「利益至上主義」とは一言も書いていない。彼らが書いてあるのは、「当期利益至上主義」なんです。

要は、「この決算だけはよければいい」というような考え方が悪だったと、第三者委員会では書いてます。それは伊藤レポートと関係ありますね。

伊藤レポートに書いてあった事は何か。短期的に利益を上げる、短期利益至上主義が悪くしていると。もっと視点を長くして、持続可能な成長という面で企業経営を考えなければ、日本は非常に苦しくなる。だって従業員にとっても苦しいし、よくないじゃないですか。

だからこの東芝の事件というのは、実は伊藤レポートがまさに指摘していた日本の問題が浮き出たものだったわけですね。

社長になると、後は逃げ切ることばかりをしたがる

私は伊藤レポート読んだときに、すごく衝撃を受けました。なんでかっていうと、過去いろんな経済の政府から発行されるいろんなものが出たんだけど、何1つピンとこなかったからです。ただ伊藤レポートを見たときに、これはすごいなと思ったんです。

なぜかというと、知らないことが書いてあったからじゃなくて、自分が問題だと思っていることが全部書いてあったので、伊藤レポートはすごいなと。実際に海外の投資家の人が英文に訳されて、伊藤レポートを読んで、これが実現したら日本は変わるよということを期待したんです。

それにスチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードが伊藤レポートと符号して出てきているわけです。スチュワードシップ・コードは僕ら機関投資側のほうが、ちゃんとお金を預かっているんだから、投資先に対して適切にコミニケーションしなさいと。これがスチュワードシップ・コードですね。

昨日私と運用部長の湯浅とシニアアナリストの八尾の3名でワコールの社長に会ったのも、スチュワードシップ・コードの一環なんです。投資企業に対して、僕らが経営者と率直に今後の未来とか成長について語り合うということを彼らと行なった。これがスチュワードシップ・コードなんですね。

コーポレートガバナンス・コードは会社側のほうで、会社側のほうがちゃんと株を発行して機関投資家であれ、投資家と向き合って、正直に話をして会社のコーポレートガバナンスについてのあり方について、お話をしましょうというのがコーポレートガバナンス・コードになります。

この3点セットによって、日本を変えていきましょうということになるわけです。私は5年くらい前かな、編集の木村さんと一緒に『日経平均を捨てて、この日本株を買いなさい』という本を作りました。

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なんでそれを作ったのかというと、結局日本の問題は日本の大企業にありますと。日本の大企業が株主のほうを向いていないで、自分が社長から会長になり、顧問になり、最高顧問になるための道筋というのが、彼らの経営の動機になっている。

本来は株主のために利益を上げるとか、それからお客様のために喜んでもらうことを集中しないといけないけれども、社長までなると、後は逃げ切ることばかりしたがるので、なるべく無難なことをする。

会社の業績がすごく上がったとしても、株を持っているわけではないから、別に儲かりません。でも大きな挑戦をして失敗したら、会長になれないかもしれませんとなると、そのことのほうが手痛いので、多くの大企業の日本の経営者の人たちが、特にサラリーマン企業の経営者の場合は、挑戦することよりも挑戦しないことを選んでしまう。

これが1つ1つはよかった、それでもいい。それでもいいけれども、どの日本のでかい会社も、ほとんど挑戦しない。そしてお金は貯め込んだままになると、どうなるか。縮小均衡になりますね。

サラリーマン経営者たちが、保守的になりすぎた

よく選択と集中という言葉があります。選択と集中という言葉はいい言葉のように思われています。もちろん選択と集中という言葉そのものがイコール悪いわけではありません。

でも、選択と集中というのは、経営者が怠ける手法として一番なんですね。なんでかっていうと、今ある事業モデルの中で縮小しているものから人を減らして、伸びているところに人を配置したり経営資源を配置するということで、経営ができているように見えるからです。

でもそれをすると何が起きるかっていうと、新しいチャレンジをし続けないと全体のパイが小さくなっていくわけですね。だから選択と集中をすることは必ずしも悪いことではないけれども、それが事業の中心になってしまった。そして保守的な経営者たちが保守的な経営をして、現金を貯め込んでしまう。

でも若い人たちは、いくらでもやりたいことがあるんです。いろんなところで話を聞くんだけれども、でも結構経営者が止めてるんですよ。失敗するかもしれないから。「これはしばらく芽が出ないかもしれない」と。

なんでかというと、新規事業というのはだいたい3年で失敗するんですよ。失敗する場合は。でも成功する場合は7年ぐらいかかるんですね。

そうすると新しい新規事業を行なった場合って、その成果が出て来るのは次の次の社長の代から。どちらかというと最初はコストだけだから、新しいことをやるのは、その社長の任期の間では損なんです。それが問題だと。それは伊藤レポートにもはっきり書いてありますね。

日本の問題は、サラリーマン経営者たちが、保守的なことを保守的にやりすぎたためだと。それは1つ1つの会社ではよかったんだけれども、全体でそれをやるとみんな縮小してしまうじゃないかと。

それよりもみんな挑戦しようと。挑戦すれば失敗するやつも出て来るけど、成功するやつはもっと大きく伸びるから、全体から見ればそちらのほうがいいっていうのが伊藤レポートに書かれていることなんです。

コーポレートガバナンスの歴史っていうのは、ここにある通り2012年ぐらいから2015年まで矢継ぎ早にでてきているわけです。

その中で企業の余剰資金がたくさん余ってきてるわけですね。この余った資金をもっと使いましょうと。設備投資、工場を作ったりしましょう。そうすればお金が回りますね。新しい工場を作ったら工場の建屋がいるし、それから新しく製作機械も作るわけで、そうするとお金が回ります。

もしくは従業員の賃金を増やす。それはお金を貯め込むよりは従業員の給料が上がる方がいいと思うんです。もしくは株主に株式還元をしたほうがいいですね。

余っているお金って何も産んでいないわけですから。投資をするか、社員に分け与えるか、もしくは株主に配当するかにすべき。お金をただ貯めていることになっては、誰にとっても幸せなことではない。ただ経営者の保守になっているだけです。

中国の景気後退は織り込み済み

その中で外部環境の変化があります。第1四半期決算は好調に推移。中国経済の変化ですね。今、中国経済は産みの苦しみにあります。市場の注目はROEから企業の本質へというところに来ています。これは時間がかかります。需給環境は良好な状態が継続するということです。

第1四半期決算、そこまでは良かったってことですよね。第2四半期はどうなるかわかりません。今回の中国の影響はそれなりに出てくると思います。特に外需ですね。

中国関係のところの打撃がかなり大きくなると思いますし、それから中国の問題は単なるバブルの問題ではなくて、もともとある資金の余剰、それから設備の余剰というような問題がありますから、その余剰が解決されない限りは回復になかなか向かわないですね。

ちょうど1週間ぐらい前に中国から僕らのお客様の中国人の経営者の投資家が来て、いろいろ雑談をして帰ったんですけど、その時に彼と話をしてたら、「中国はかなりこれから厳しいよね」と。

「インフラがまだまだあるって言ってるけど、実はインフラって結構作ちゃってる。だからインフラの需要ってこれからしばらく出ないかもしれない」と言ってたんですね。

「でも藤野さん心配することはありません」って言うんですね。僕が言ったんじゃなくて中国人が言ってますからね。「中国人は実際に高速道路を壊してみると中が空き缶だったってことがありますね。中に空き缶が入っていることが多いから、だいたい10年で壊れます」と(笑)。

「だから必ず需要が出てくるんです」という話をしてました。あっけらかんと言ってましたね。「だから日本みたいに何十年も持ちません。壊れます」と。

それから例えば100億円で戦闘機を発注しましたと。100億円で戦闘機を発注したらまず20億円が政府高官のポケットに入りますと。それで80億になりますよね。その80億のうちの20億が戦闘機を作る業者のポケットに入ります。残りは60億ですね。

今度は20億円分が現場の作業者の人たちがポケットにいれます。それで40億で作りますと。「だから藤野さん、中国の戦闘機が攻め込んでくるんじゃないかと怖がっているかもしれないけど大丈夫です」って言うんです。なんでかっていうと「エンジンの中が空き缶だから」(笑)。

(会場笑)

彼も笑いながら言ってたんで冗談だと思いますけど、だけど結局それがある面で見ると中国の強さでもあり弱さでもあると思いますよね。昔インチキ会計をして倒産したアメリカのエンロンという会社がありますよね。

その人が言ってたのは、「中国の場合は、中国の国自身がエンロンです。国営企業もエンロンです。下請け企業もエンロンで、そして一般の街の人たちもエンロンで、それでまたみんなそのことを知ってます。なんでかっていうと中国の投資家は、みんなエンロンだから」って言う話をしていて(笑)。

そういう中でやっているから中国の景気ってバブって下がってきたっていうけれども、それも全部織り込み済みなんです。中国の人たちにとっては。半分冗談だけど半分本質的な話で。

だからそういうコンプラ(コンプライアンス)とか、真っ正直っていうところに反したビジネスは長く続かないので、そういう目で見ると、今回のそういうことを積み重ねてきた過剰設備の時間調整っていうのは、かなり時間かかると思いますね。だから中国の景気がすぐに急激に復活することは、たぶんしばらくないと思います。

中国人のインバウンド観光需要が上がってくる

ただ中国に確実に起きていることは何かって言うと、中国の産業別GDPの構成比でいうと、1960年代はほとんど農業だったのが、農業の比率が40パーセントから10パーセントに下がっていき、特に急速に伸びたのが第3次産業ですね。

ちょうど第3次産業が第2次産業を越したのが2013年です。だから産業構造の変化が大きく起きているのが、今起きていることになります。

日本は経済の3次産業化は大分前から進んでいることなので、中国も日本みたいになってきているということになります。だからちょうど日本の1970年代ぐらいじゃないですかね。中国は投資・輸出主導から消費主導へ経済構造を変化していくと言えます。

中国の中間層が確実に増加しているということなので、これが消費の主体になってくるから、だんだん内需主体に変わってくると考えられます。だから今は経済の転換期にあるということです。経済成長、賃金の上昇が伴って中国の中間層は着実に増加していると。

それに伴ってインバウンドですね。日本に来る中国人。今回の統計を見ても実は中国の株価が下がってきた時に、日本に来る人は減らなかった。なんでかっていうと、中間層が厚みを増しているからということが大きいと思います。

株の影響はあるけれど、それ以上に中間層の人の所得が上がってきたことによって、観光需要が増えていると言えます。

伊藤レポートはROEの向上を全てに優先するとはしていない

ROE、1株あたりの純資産に対してどれぐらい儲けたのかという意味合いです。これは専門的な話なので時間の関係で飛ばします。

「ROEの時代 企業価値の本質論へ」ということですけれども、これは日経平均の動きになります。今下がってきてますけれども、これからROEが注目される時代になってきたということです。伊藤レポートでも大事だとなっています。

ROEが上昇しているんですけれども、それは何をしたかっていうと、ずっと企業が企業剰余金を貯めてきたことがあるので、これを吐き出すことがこれから大事になるだろうと思います。

「伊藤レポートはROEの向上を全てに優先するとしていない」というのは、言葉の中でいうと企業という言葉は537回、投資家は272回、投資は224回、経営は173回、長期は165回、ROEは124回文中に使っているので、伊藤レポートで重要視している言葉は、企業、投資家、投資、経営、長期というようなことを重要視している。必ずしもROEだけが大切だと言っているわけじゃないっていうのが本当です。

これから持ち合い株の売却が出てきます。このことは決して株価にとってネガティブなわけではなく、これによって、より経営の効率化を図る時代になってきたということになります。

余ったキャッシュをなんとか使うことが重要

キャッシュがどんどん余ってきているので、このキャッシュをなんとか使ってくださいということが大事なポイントになります。

外人の持ち株比率が上昇して機関投資家の持ち株比率が上昇していますから、伊藤レポートにある対話の大切さが重要になってくることになります。

自社株買いの増加ですけれども、Googleトレンド検索で自社株買いという言葉が広がっているのがわかります。

それから後、「くじら」は回遊するということですが、(くじらに例えられている)GPIFとか共済年金、日銀、旧公的年金の介入はこれからも続くことになります。

外需が厳しくなり、内需グロースと中小型が比較的によくなる

最後、ちょっと時間が押したのでこれで終わりにしますが、今後の相場のイメージですけれども、外需、中国の景気減速リスクがあって、外需がしばらく厳しいと思います。

それから内需ディフェンシブ株。これは米国の利上げリスクがあって、ちょっと話すと長くなるのでこれ一言だけ言っときますが、薬品株、食品株が債券代替物として全世界的に買われたんですね。

だからこれからもしアメリカの金利が上がることになると、むしろ日本の薬品株や日本の食品株が下がることになります。だからこれはわりと要注意です。

今、一番安全なのは内需グロース株で、ネット企業ですね。なんでかっていうと去年1年間のパフォーマンスあるから。楽天とかサイバーエージェントとかそういう会社ですね。そういう会社は比較的よいと思います。

あと中小型株についても同様です。必ずしも買いというわけではないですけど、去年1年間パフォーマンスが悪かった主体もあるので、外需というくくりでまとめて買うだけじゃないので、このライン(内需グロースと中小型)が比較的投資できるところじゃないかなと思います。

だから実際私たち、ひふみ投信も、良い会社があれば、むしろこういうところ(内需ディフェンシブ、外需)にも投資しますけど、柱はこういう形(内需グロースと中小型)で組み上げていこうと考えております。

本当は質問の時間を取ろうと思ったんですけれども、話したいことで目一杯あったので。ブラジャーの話をしなければ良かったんですが(笑)。

(会場笑)

これでお話を終わりにしたいと思います。本も売ってますので2冊目、3冊目を買いたいという方は買っていただきたいなと思います。それから後、私は残ってますので、何か質問とかお話があれば、しばらく居てください。

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