実はIR初心者からスタート

一瀬龍太朗氏(以下、一瀬):リンクアンドモチベーションの一瀬と申します。今日はみなさまお忙しい中、わざわざ私の話のために時間を割いてお集まりいただきまして、ありがとうございます。一生懸命、精一杯、私なりの考えや思いをお伝えして、少しでも意味のある場にできたらいいなと思っておりますので、ぜひよろしくお願いいたします。

簡単に、私の自己紹介をさせていただきます。私は東京工業大学で大学院まで行って、もともと研究を、ずっとやっておりました。具体的には、セラミックスなどの研究をずっとやってきたんですが、「ちょっと違うな」「私は研究者の道(に進むべき)じゃないな」と感じました。

「物質」の世界から、もう少し「組織や感情、人」などの領域にぜひチャレンジしてみたいなということで、いろいろ就職活動をしていきました。その中で、2010年に、リンクアンドモチベーションという、世界で初めて「モチベーション」というものをコンセプトとしたコンサルティング会社に、入社することになりました。

そこからずっと、コーポレート部門に在籍しました。キャリアとしましては、経理からスタートしています。そこで、一般的な経理業務から始まり、その後は決算、財務会計、ファイナンスをやっていました。

ほかにも管理会計や経営企画をやることで、会社の数字に関わるところを、いろいろと代表の側でやらせていただいたところが、キャリア(のスタート)でございます。

そこから、グループの経営企画に移りました。3ヶ年計画、中長期計画、M&Aの推進などをさせていただきました。その流れから、会社のいろいろなタイミング等の巡り合わせによって、「じゃあ、IRをやってみようか」となったのが、実は2年ほど前、2016年の頭ぐらいからなんです。

ということで、このような講演をするのはおこがましいぐらい、IRについては、実は初心者からスタートしています。なにもわからないところからいろいろとトライをして、なんとかここまできたということで、簡単にご説明させていただきました。

菅原弘暁氏(以下、菅原):ありがとうございます。実際に一瀬さんがIR担当になられてから、この2年でグッと、かなりがんばってこられたと思います。今日はちょっと、みなさんにお約束していただきたくて。リアクションは大きめに、よろしくお願いします(笑)。

というところで、進めてまいりたいと思います。今日は広報担当の方やエージェンシーの方もいらっしゃると思いますが、「実際、IRってどんな仕事をしてるの?」と、知らない方もいらっしゃると思うんですね。一瀬さんにパッと用意していただいたんですが、(IRでは)なにをしているんですか?

一瀬:IRというと、「インベスターリレーション」で、やっぱり投資家との関係構築がお仕事なのかなと思っています。「投資家」といってもいろいろありまして、個人投資家であったり、あとは機関投資家、運用している会社さんですね。そのような方々もいらっしゃいますし、もう少し見方を変えれば、株主との付き合い方とかもあるかなと思っています。

今日の話のテーマにもなりますが、従業員向けというところも、実は重要なんじゃないかなというのが、私の考えです。このあたりを、少し深掘りしていきたいなと思っています。

菅原:かなり仕事量があると思うんですけど、1日の実際の過ごし方とかって、どんな感じになるんですか?

飛び交う憶測には、正しく現状のありのままを伝える

一瀬:まず1日の(ご説明の)前に、けっこう季節性があるんですよね。上場していますと、3ヶ月おきに会社の成績表を報告せねばならぬという「開示」という仕事があります。基本的には3ヶ月サイクルで、同じような……と言ってはあれですけれど、仕事が回ってくるという感じなんですよね。

なので、3ヶ月の事業活動が締まって、そこからおよそ45日以内に(会社の成績表を)開示をするという、決算発表をしないといけないわけなんですけれども。そこに向けて、「この3ヶ月はどうだったのか?」と、会社の情報を編集して、決算発表の内容に落とすことを、まず3ヶ月の前半でやりにいく感じですね。私のイメージでは、そこは「仕込み」です。

菅原:仕込み?

一瀬:はい、仕込みをします。そこで仕込んだ内容を、決算発表ということでリリースして、その後、そのリリースの内容をさらに、ちゃんと適切にステークホルダー・投資家の方々に伝えていくのが、仕事なのかなと思っています。

菅原:リリースをしてから、例えば説明会を開いて開示をされていくと?

一瀬:そうですね。例えば個人投資家向けであれば、「個人投資家向けの説明会や、セミナーを開いてみましょう」とか。あとは、機関投資家であれば、「1on1」などのIR面談が入ってきますので、そのようなものにも日々対応しています。ほかにも、機関投資家向けの説明会を開いています。そのようなコミュニケーションを活発にやっていくのが、IRの仕事なのかなと思っていますね。

菅原:一瀬さんが入られてから(リンクアンドモチベーションは)調子がいいと思いますので、ケースとしては(あまり)ないかもしれないんですけど。リリースをした時点で、メディアでの書かれ方によっては……「調子が悪め」とか書かれて、世論としてできあがってしまって、(投資家への)説明が難しくなるケースもあると思うんですけど。そのようなものって、(投資家との)個別のコミュニケーションで、けっこう解決できるものなんですか?

一瀬:幸いにも……と言ってはあれかもしれませんが、この2年間では、あまりメディアにひどい書かれ方をしなかったので、そのような苦労は、今のところはそんなにはないかなと思っています。

ただ、やっぱり「いろんな憶測が飛び交うな」とは、思っているわけなんですよね。掲示板とか、あとはアナリストの方々の中にも「(この会社には)このような不安があるのではなかろうか?」とか、いろんな憶測が飛び交うわけですね。

そのような憶測と、どう向き合っていくのか、どう正していくのか。「正す」というか、「正しく現状のありのままを伝える」ということが、これ(向き合うこと)に近いかなと思っていて。それはやっぱり、一つひとつのコミュニケーションで解決していく、地道な活動になるかなと思っています。

3,000人規模の投資家とリアルコミュニケーション

菅原:2016年以前に、(リンクアンドモチベーションでは)投資家の方とリレーションをとられていたと思うのですけれども。1年間で、どれぐらいの方と個別に会われていたのでしょうか?

一瀬:個人投資家と機関投資家とで違いますけれども、実は私がIRをやる前って、会社として「IR強化」(の姿勢)で、やってこれなかった歴史があります。ということで、会社としては、ぜんぜん会っていなかったんですね。

個人投資家の方に対して、セミナーを開くこともやっていなかったですね。機関投資家との面談も、年間で数件ですね。もう片手で収まるぐらいの、1on1ミーティングしかなかった。

そのような状況から、今で言えば、2016年はかなり個人投資家向けのセミナーとかをやりまして。どれぐらいやりましたかね? 3,000人とか。

菅原:ええっ!

一瀬:そのような規模の方々と、リアルコミュニケーションをとっています。

菅原:3,000人!?

一瀬:3,000人ぐらいは、たぶん会ってると思いますね。フェアとかでブースを出して、それだけで1,000人以上に接触したり、500人規模のセミナーをボンボンと主要な都市でやったりして、少しずつ(個人投資家の方々との)接触量を増やしていった感じですね。

機関投資家については、IRの面談・電話取材も含めて、今で言うとクォーター(3ヶ月)の中で、だいたい40件ぐらいという感じですね。なので、年間で160件とかですかね。

菅原:そんなに。

一瀬:(年間で)数件だったところから、それぐらいのコミュニケーション量をできるようになってきたと。

菅原:そのコミュニケーションをする場に、ある意味素人の一瀬さんが入られて、たまったもんじゃないですよね、最初ね(笑)。

一瀬:僕は、わけがわからない(笑)。

菅原:(IRのご経験が)なにもないですもんね。

一瀬:「なにを言えばいいんだろう?」っていう。前任のIR担当者もいたにはいたんですけど、やっぱり(以前に)IRをやったことがなくて。「半年ぐらいとりあえずやったけど、すみません、ちょっとわからないです」というところからの引き継ぎだったので。

私の上にいたIRのマネジャーも、とくにIRの経験があったわけではなかったので。会社として、みんなでこれからIRを強化しようという状況において、「どうする?」っていうところからスタートをしてまして。本当に、手探りでしたね。

少しずつIRの「立体感」や「色」がわかってきた

菅原:けっこうIRの勉強って、ネット上に有益な情報が出てこないじゃないですか。

一瀬:そうですね。

菅原:どうやって勉強されたんですか?

一瀬:まず最初に、いろいろ調べましたよね。ネットで調べるとか、「IRとはなんぞ」という本を、「この本は、(IRの本の)中でも読みやすいかもしれない」とか言いながら、直上のマネジャーとああでもない、こうでもないとやっていたんですけど(笑)。「ようわからん」っていうのが、結論でして。

「もう、これはIRに長けている人に聞きに行こう。話を聞いたほうが早い」と思いまして、証券会社や、IRの支援会社の方のお話を聞きました。

あとは、非常に自分としてブレークスルーがあったなと思うのは、他社のIR担当者の方とリレーションを構築できたこと。やっぱり、同じ境遇にいらっしゃる方とつながれたのは、すごく財産になっていますね。そこからいろいろ教えてもらったり、ネットや本では浮き彫りになってこない(IRの)「立体感」や「色」が、だいぶわかってきたので。それは、すごく役に立ちました。

菅原:ありがとうございます。広報担当の方にとっても、けっこう重要な話だと思うので。人と会う数が、とにかく多いわけですよね。3,000人の方と会われている中で、「自分たちの会社の(IRに関して)なにが伝わっていないのか」「どのような順番で伝えたらいいのか」とか、そのあたりを徐々に設計される感じだったんですかね?

一瀬:そうですね。IRをこれからやるぞという時に、いろいろお勉強をしたわけですけれども、結局「わからないから、動き出そう」「足で稼ごう」ということで、接触量をとにかく増やしまくることを、したわけなんですけれども。

そうすると、個人投資家はなにを考えているのか、機関投資家が我々をどう見ているのかということが、だんだんわかってきまして。やり始めの時は、「なにを伝えていったらいいのかわからない」という状況からスタートしたので、(接触の)量がだんだん(IRの)質に転化していったような感覚はありましたね。

菅原:なるほど、ありがとうございます。今日は量が質に転化していった経緯とか、いろいろなIR担当の方とのネットワーク、培われた知見を全部お話しいただけるということなので、さっそく進んでいければと思うんですが。

一瀬:進めちゃっていいですか? はい、大丈夫です。

IRは「約束と実行」

菅原:では、「全社一丸IR」の全容の部分を、ざっくりお話しいただければと思います。

一瀬:はい。結論を言ってしまうと、私はIRは「約束と実行」だなと、すごく思っています。やっぱり資本市場に立ち向かって、そこと対峙をしてコミュニケーションをするということで、それによって「期待」が形成されるわけなんですけれども。

作った「期待」をそのまま放置してはならないと、非常に思いました。やっぱり、「『期待』は応えるためのものなのかな」と、強く思うようになっていきました。なので、「実行」というところが、インベスターリレーションズにおいてはすごく重要だなと。

菅原:実行?

一瀬:実行ですね。なので、その実行力を高めるための取り組みを、やるようにしました。これが、最終的に「全社一丸IR」というところに入ってくる、さわりの話ですけれども。

IR広報チームという、私たちのような役割が会社の中にあります。資本市場や投資家たちとの活動です。そこに加えて、インナーIRということで、(スライドに)「労働市場」という言葉で置きましたけれども、要するに会社のことですよね。社員や従業員の人たちを、どう巻き込むかということが重要かなと思っています。

菅原:そうですよね。約束したものの、自分たちは実行部隊になれないわけですからね。

一瀬:そうですね。私たちがすごく大事にしているのが、「実行力向上」です。エンゲージメントを向上させようと、一生懸命やってきました。

私たちは、本業が「モチベーション」の会社です。社名に「モチベーション」とあるとおり、当社自身の従業員のモチベーションは高くないといけないと、創業からずっとやってきました。やっぱりみんな、仕事に対してのモチベーションは高いわけですよね。「つらくてもがんばるぞ」と。

そのようなファイティングスピリッツが非常に高いわけですけども、これをちゃんとIR活動と紐付けることが、すごく重要かなと思っています。この従業員の高まったエンゲージメントが業績に寄与することは、非常に重要だなと思います。

ただ、テンションの高い社員をたくさん作ればいいっていうことでもなくて。「イェーイ、やるぞ!」みたいな(ことではなく)。「元気がいいのはわかったけど、成績は伸びてるんだっけ?」と。

菅原:ははは(笑)。

一瀬:(そのテンションの高さが)「業績に関係するんだっけ?」というところが、すごく大事だと思いますので。それこそ、テンションが低くてもモチベーションが高い方って、すごくいると思います。それをちゃんと、(会社としての)共通の目的や、目指す業績に向かうように、「この人たちを、どうやって味方につけるか?」ということが、すごく重要だなと。

菅原:今リンクさんには、何人ぐらい社員の方がいらっしゃるんですか?

一瀬:グループ全体で、1,400人ぐらい(2018年3月時点)ですね。

菅原:1,400人の人がいて、みんなが共通の興味を持つこと自体が、けっこう難しいと思うんですよ。

一瀬:そうですね。

菅原:(それでも)どうやって振り向かせたかとか(を教えてください)。もともとエンゲージメントは高いと思うんですけど、スムーズに浸透しない部分って、あるんでしょうか?

一瀬:そうですね。リンクアンドモチベーションは、グループ会社もかなりありまして、M&Aもけっこうやりました。現在で、グループ会社は14社あるんですけれども。創業からずっとあるリンクアンドモチベーション本体は、その中でもトップクラスのエンゲージメントなので、言い方は悪いですけど……まとめるのは、楽なんですね。

難しいのは、新しくジョインされた方々ですよね。それは、中途で入られた方もそうですし、あとはM&Aで新しくジョインされた領域の方とか。この方々を巻き込んで「僕たちのグループは、ここに向かってるんです」と。それが、1つは業績かもしれないんですけれども、「ここに向かってるので、ぜひ協力してもらいたい」と促すことは、やっぱり非常に難しいなと、やっていて思いますね。

菅原:ビジョンやミッションみたいなものが、あるかもしれないですし。ありがとうございます。みなさんはこの図を見て、しっくりきますかね? これまでは、労働市場・資本市場・商品市場って、けっこう分断されて考えてこられたものですけれども。そのような意味でも(リンクアンドモチベーションさんは)けっこう、一体になってやられているのかなと。ここはまさに、今日の重要なポイントですよね。

一瀬:はい。やっぱり、今は資本市場と労働市場しかないんですけれども、もう1つ市場があるなと思っていまして。それが、商品市場だと捉えています。

つまりは、ビジネスとしてどれだけ売上を上げていくかとか、業績を伸ばしていくかということです。顧客との接続ですよね。商品市場との接続が、そもそもの企業経営においては大事ですよねと。一般的に認知される、市場適応の領域だと思います。

そこについては、それこそお金を稼がないと企業経営はできませんし、上場企業であれば(業績の)報告義務があるわけですから、強制的にそのような仕組みが整っていて、それぞれ商品市場に適応しなきゃいけないのは、当たり前なんですけれども。実は、その商品市場適応をするためには、労働市場適応や資本市場適応をしなければならない。

結局のところ、ここを失敗すると、商品市場適応も失敗するんじゃないかと考えています。なので、2年間IRをやってきて、やっぱり(労働市場・資本市場・商品市場は)分断して考えちゃいけないテーマなんだろうなと、すごく思いました。

リンクアンドモチベーションの「インナーIR」

菅原:なるほど、ありがとうございます。徐々に気づかれたと思うんですけど、「インナーIR」っていう言葉はどのようなことなのか、詳しいところをお聞きできればと思います。

一瀬:はい。先ほどお伝えしたとおり、「ただテンションが高い」「元気がある」だけではなく、ちゃんと会社や組織に対する貢献度合いや、その粘着性とか……。

我々は、「相思相愛度合い」と言いますけれども、要するに「ラブラブ度合い」ですよね。そのようなものを非常に重要視した経営をしているのが、当社の特徴です。

それで、当社の「全社一丸IRストーリー」ということですけれども。ちょうど、私がIRを担当するようになった2016年の頭に、「ちゃんと時価総額と向き合おう」「例えば、時価総額1兆円企業を目指してみないか」ということで、まずは当社の代表取締役会長の小笹(芳央氏)が全社員総会で宣言しました。

当社は3ヶ月に一度、全社員総会をリアルの場でやるんですけれども。そこでトッププレゼンということで、このような宣言をしたことが実は、この全社一丸IRのスタートなんですよね。ここからさまざまな仕掛けをしながら、従業員を巻き込んでいきました。

菅原:従業員の方の反応って、どのような感じだったんですか? 最初。「ポカーン」としました?

一瀬:ポカーンに、ちょっと近かったと思いますね。「自社の時価総額が今はいくらで、割安で見られてるのか・割高で見られてるのか」に興味・関心がある社員は、やっぱり少なかったんじゃないかなと思います。そこに敏感になって、アンテナを張っている社員や幹部も、当然いたとは思うんですけれども。全社員がそうかというと、ぜんぜんそんなことはない。

菅原:当初は?

一瀬:そうですね。「ん? 株価?」「なんだっけ?」みたいなところからの、スタートだったかなと思います。

菅原:なるほど。それで、まずこのような宣言をされたと。

一瀬:そうですね。