好きなものを得意にするか、得意なものを好きにするか

上野美香氏(以下、上野):私も前にTWDW(Tokyo Work Design Week)で「天職と適職」という話をしたことがあって、人は自分がすごく好きなもので、「これだな!」ってバシッと自分にフィットするもの、「これが自分の天職です」というものがあれば、すごく幸せだと思うんです。

でも多くの方は、それを見つけるまでにすごい時間がかかると思うし、仕事をする上では「適職」と自分では呼んでるんですけど、自分がやっていて違和感がないとか、好きとは違うけどなんとなくできてしまうこと、ちょっと合ってるなというものがいくつかあると思います。

みなさんもお仕事を選ばれるときに、たぶんそういうのがあると思うんですよね。「完璧にお金のためだけにやってます」という人は、ここにいらっしゃる方はいないんじゃないかなと。

藤野英人氏(以下、藤野):好きなものを得意にするか、得意なものを好きにするかということですよね。好きと得意が一緒になったら、もう無敵になるわけですよね。だからそれはすごく大切にしたほうがいい気がします。

得意だけど好きじゃないというのはなかなか続かない。すごくうまくやっているんだけど、うまく見せてお金を稼いだり、時間を使っているだけで好きじゃないことをやっていると、すごい消耗するんですよね。

東京地検特捜部に憧れた学生時代

横石崇氏(以下、横石):ちなみに藤野さんは、どういう学生だったんですか? 投資家になりたいという思いがあったり?

藤野:まったくなかったですね。むしろ投資をするような、楽して金儲けるやつは「逮捕したい」くらいに思ってた。

(会場笑)

藤野:私は法学部出身で、東京地検特捜部に行って、悪い起業家とか……だからホリエモンみたいな、ホリエモンは悪くないけど(笑)。

(会場笑)

藤野:検察的に言えばですよ。ああいう人とか悪い政治家を逮捕したいと思ってたんですよ。

上野:へー、そっちだったんですか。

藤野:そっちだったんです。

横石:正義感がある。

藤野:今もめちゃめちゃ正義感があって。たまに東京地検特捜部の人がダンボール持って、ビルに突入してるじゃないですか。あれを見ると「一緒に行きたいな」と思ったりして(笑)。

僕はもともと法学部で検察志望だったので、投資家になりたいとかまったくなかったんです。だけどたまたま、大学を卒業したときに司法試験に合格しなかったから、2年間くらい社会人をやってみてお金を貯めて、それから司法試験の予備校に行って挑戦しようと思ったんです。そしたら、たまたま配属されたのが中堅中小企業の投資の仕事で、毎日、うさんくさい人がやってくるわけですね。

(会場笑)

藤野:毎日3人くらいのおじさんと会うわけなんだけど、2年間くらいおじさんたちの話を聞いていると、放射能を浴びてゴジラになるように、だんだんアントレプレナー精神みたいなものが毎日打ち込まれてくるんですよ。

3年くらい経ったらもう真逆で、「俺もいつか起業家になりたいな」となっていた。「司法試験を受けてうさんくさいやつらを捕まえる」という考え方から、3年間で変わってきた。

引っ越しをしたときに司法試験のCD-ROMがいっぱい出てきたのにびっくりして、「これが僕のやりたいことだったんだ?」って思ったけど、やりたいことが結果的に変わったと。

上野:もともとあった起業家精神が発掘された、という感じかもしれませんね。

藤野:うーん……というか、絶対に「打ち込まれた」。本当にすさまじい人たちばかりだったんですね。例えば、1990年代の頭くらいに、マツモトキヨシが上場したんですよ。「何だよこの名前は」と思って、今はもう慣れていて、普通の単語になってるけど。

だって「株式会社サトウタダシ」が出てきたらすごい違和感あるでしょ? だからそんな感じ。「なんだこりゃ」「やっぱり中小企業は気持ち悪いな」とか思って、すごい覚えてますよ。

だから今と気持ちは真逆。だけど、毎日毎日そういうモンスターみたいな人と会って話をしていくうちに、だんだんモンスターの気持ちがわかるようになってきたんですよ。

そうするうちに、「これも1つのカラフルな社会だな」というのが見えるようになって、経済をそういう生々しいおじさんの語り口で見ることができたのはよかったと思います。

「トラリーマン」が日本を救う

上野:では、提言3にいきますね。

藤野:「社畜になるな、虎になれ」ということです。

僕は「3つの虎が日本を救う」と言っていて、1つ目は「ベンチャーの虎」ということです。「ベンチャービジネスは東京にある!」みたいな今流行りの人たちですね。渋谷界隈にいっぱいいます。

あとは、「ヤンキーの虎」。地方を本拠地にしていて、ミニコングロマリッド化した、土着で拡大する起業家。あまり東京にいると見えないけれども、コンビニエンスストアや携帯ショップをいっぱい束ねたりしながら地方でどんどん伸びているような人たちもいっぱいいます。

でもここで提言したいのは、「社員の虎」、「トラリーマン」ということです。会社員・公務員でありながら、会社の使命よりも自分の使命に従い、会社のリソースを使って自由に活動し、顧客のために働く社員という人ですね。最近こういう人たち増えました。

この人たちはめちゃめちゃおもしろいし、やりがいも生きがいもあります。だから、会社を辞める前にできることがあるということですね。「不満があるんだったら“虎化”しようぜ」と。会社っていうのは意外とクビにできないんです。経営者の立場になるとわかりますよ。(社員は)労基法で守られてるから。

この間は、琉球銀行にすさまじい虎がいました。

上野:すさまじい虎ですか(笑)。

藤野:沖縄の地方銀行に、すさまじい虎さんがいて、もうイキイキ働いていた。

だからこういうところ(イベント)に出たり、勉強会に出たり、自分自身が会社の枠を飛び越えて、お客様のためにどうするのかという、社員都合でなくお客様都合で、クリエイティブに仕事する人ということになると、なかなか会社もクビにできない。逆に「お前やってみろ」ということになるので。

社員の虎になるという選択と社畜になるという選択があったときに、虎を目指したほうがいいと思うんですね。

結局社畜というのは、「自分の良心に反して、会社の言うことに唯々諾々と従う」というのが社畜の定義なんです。

そういう人になって心を痛めるくらいだったら、まず虎になってみて、「クビにするんだったらクビにしてみろ」みたいなところからスタートして、でも、そこでちゃんとビジネスを展開するというのも、1つの生き方の道としてあるんじゃないかなということを今日お伝えしたいと思います。「辞めるくらいだったら変化しようぜ」と。

それでも受け入れてくれなかったら転職する、それから起業するという道があって、僕らにはけっこう道があるぜということをみなさんにお伝えしたいですね。

“沖縄の虎”が手がけた話題のコマーシャル

上野:その琉球の虎は、具体的にどんな動きをされたんですか?

藤野:その人はすさまじくクリエイティブな人なんですけど、広報とかブランディングのところにいる人なんですね。

その人は電通や博報堂を使わないで、全部自分でプロデュースして、自分でカメラを回して、自分でビデオを作り、自分で作曲もして、琉球銀行のコマーシャルというのは、ほとんど彼が自製で作ったんです。それで何度も広告大賞をとってるんですね。

ぜひ、「琉球銀行教育ローン」(の動画)を見てください。お金がかかってないのはよくわかります。でもめちゃめちゃいい動画です。これも賞をとりました。

YouTubeに琉球銀行の動画がいろいろあるんですけど、それも彼が全部クリエイションしていて、それも頭取の指示とか全部無視(笑)。

上野:無視?(笑)。

藤野:でもクリエイティブのレベルが高いから、結果的に頭取が黙っちゃうみたいな。

上野:すごいですね。

藤野:これこれ。

(映像開始)

(映像終了)

藤野:ということなんですね。お金がかかってないのはよくわかりますよね。でもやっぱり、編集と切り口のところで人に感動を与えている。

上野:……引き込まれますね、すごいですね。会場にいらっしゃる方のなかで、サラリーマンの方はどれくらいいらっしゃいますか?

(会場挙手)

上野:おお、ここに虎の予備軍がこんなにいらっしゃいますね。

人生にはネコリーマンの道もある

藤野:でもね、全員がトラリーマンになれるわけじゃないから。トラリーマンになれない人にはもう1つの定義があって、もっとゆるく生きる人……僕は「ネコリーマン」と呼んでいます(笑)。

(会場笑)

横石:ネコ科なんですね。

藤野:そうですね。のんびりしているけど愛される。いずれにしても自由に生きるみたいなところが。そういう、「虎になれなかったら猫になる」みたいな。そういうイメージ設定をするだけでもだいぶ違いますよ。

上野:私も何人かトラリーマンを知っているんですけど、某超巨大文具メーカーの方で。紙とかいわゆる文具なんですけど……。

藤野:知ってる、彼だ。

上野:デジタルな文具を小さいチームで企画して、それを商品化まで持っていって、それがものすごいウケたんですよね。

でもオレオレなわけでもなく柔軟で物腰柔らかな方で、会社のリソースとブランドをうまく使って商品を作っていくんですね。ユーザーとしては「それを待ってたよ」という商品なので、とても発想豊かな活動をされていますよね。

藤野:結局社畜というのは、自分で檻の中に入ってるところもあるんですよ。本当に会社がそれを求めているかということよりも、自分がそこに入ったほうが安全ではないかと思って入っていくことがあって、まさに自縄自縛の状態になっていることがあります。

会社からしたら「もっとはみ出してもらいたい」「飛び出してもらいたい」と思っていることもけっこうあって、意外と飛び出してみたら……もちろん軋轢はありますよ? それを止める人ってたくさんいるから。

でも本当の上層部を見ると、それを支持してくれる人がいると。だいたいこのトラリーマンというのは、会社全員が反対するとうまくいかないので、必ず支えてくれる専務や常務や社長さんのような人がいますよね。そういう面で見ると、自分のやっていることをちゃんとアピールするということは重要かもしれませんね。