新しい政策枠組みと市場の懸念

記者1:時事通信社のタカハシと申します。よろしくお願いいたします。まずは、「今回の政策の枠組みの変更によって、2パーセントを達成できるのか」という市場の懸念は残ると思います。どのような道筋を描いていらっしゃるのかをご説明いただきたいと思います。

とくに適合的なインフレ期待というようなお話もありましたけれども、賃上げなど、そういったものもあると思うんですけれども。政府との連携、財政面なども含めて、そのあたりのご所見をおうかがいしたいのが1点。

2点目、今回の一連の総括検証に関しては、市場との対話というものを重視されてきたと思います。

ただし、今回新しく長期金利目標が加わることによって、いわゆる政策間通話も複雑になると思うんですけれども、今後そういった対話という面について、どういった姿勢をとっていかれるのか、おうかがいさせてください。

黒田東彦氏(以下、黒田):2パーセント達成に向けた道筋ということについては、2パーセント達成のメカニズムという面では、従来から申し上げてたように、一方で、実質金利の引き下げによって景気を刺激し失業率を引き下げる、あるいはGDPギャップを縮小するということを通じて、賃金や物価が上昇していくというメカニズムは基本的に変わっておりません。

むしろそういったメカニズムをより明確にしっかりとさせるためにも、今回のイールドカーブ・コントロールというかたちで適正なイールドカーブを実現し、経済に最も望ましい実質金利の引き下げを実現していくこととともに、先ほど申し上げたように、新しくオーバーシュート型コミットメントというものをすることによって、予想物価上昇率の引き上げを図ると。この両面で、従来の政策をさらに強化した枠組みにしたということであります。

なお、政府のさまざまな政策との関連については、この公表文の最後にも述べておりますけれども、2013年1月の共同声明を引きながら、日本銀行はもちろん、この長短金利操作付き量的・質的金融緩和を推進して、2パーセントの物価安定の目標をできるだけ早期に実現すると。

政府の財政運営・成長力強化の取り組みとの相乗的な効果によって、日本経済をデフレからの脱却と持続的な成長に導くものと考えております。

2番目のご質問の市場との対話。これは従来から常に心がけているところでありまして。さまざまなチャネルを通じて、市場との対話を続けております。

今回の新しい枠組み、これは従来の量的・質的金融緩和、あるいはマイナス金利付き量的・質的金融緩和といった政策枠組みを強化するかたちで、長短金利操作付き量的質的金融緩和というものにしたわけでございますので、当然その内容等については、引き続き市場との対話を強化し、その趣旨・効果をよく理解してもらうように努めていきたいと思っております。

2%の物価安定は「できるだけ早期に達成」

記者2:日経新聞のイシカワといいます。2点おうかがいします。

1点目は、今の市場との対話とも関わるんですけれども、「できるだけ早く」という姿勢は変えないとおっしゃいました。

これまで、決定会合が近づいて、とくに展望レポート、2パーセント達成時期を先送りするタイミングで、マーケットのほうで過度な金融緩和期待が高まって、それが金融市場を不安定化するという状況を招いてきたと思います。

そういった状況を再び招いてしまう恐れがあるのではないか、なにかそこで対話の工夫というのものを考えていらっしゃるのか、というのが1点目の質問です。

あともう1点目は、マイナス金利の深掘りですけれども、この資料を見ると、追加緩和手段の①として、一番最初に短期の金利の引き下げを挙げています。

さはさりながら、金融機関の反発とか非常に強くて、心理面の悪影響ということも指摘されておりますが、今後もマイナス金利の深掘りというのを進めるお考えはあるのか、その点についてもお聞かせください。

黒田:先ほど申し上げたように、日本銀行は2013年の1月に、「2パーセントの物価安定の目標をできるだけ早期に実現する」ということを決定し、さらに政府との共同声明でもそれを明示したわけでございます。

それをふまえて、量的・質的金融緩和、あるいはマイナス金利付き量的・質的金融緩和、そして今回の長短金利操作付き量的・質的金融緩和というふうに、次第に金融緩和の枠組みを強化してきたわけであります。

そういう意味で、「2パーセントの物価安定目標をできるだけ早期に実現する」というコミットメントは一貫しておりますし、変わっておりません。

なお展望レポートで、これは2パーセントの達成時期の見通しというものを毎回示しているわけですけれども、前から申し上げているように、これはあくまでも見通しでありまして、その変化と政策変更が機械的に結びついているわけではありません。

見通しの後ずれによって、政策変更を行った場合も行っていない場合もありますので、これはあくまでも見通しであると。私どものコミットメントは、「できるだけ早期に2パーセントの物価安定の目標を達成する」ということであります。

そしてさらに今回、オーバーシュート型コミットメントによって、コミットメントをより明確に強いものにしたということでございます。

マイナス金利につきましては、この公表文でも示してありますとおり、必要に応じて追加緩和をするということで、追加緩和の手段として、短期政策金利の引き下げ、まあマイナス金利の深掘りというんでしょうか、短期政策金利の引き下げ、あるいは長期金利操作目標の引き下げ、さらには資産買い入れの拡大、また状況に応じてマネタリーベースの拡大ペースの加速を手段とすることもあると言っておりますので、当然のことながら量・質・金利、そういった面で追加緩和の余地はありますし、必要に応じてそういうことを行うということでございます。

“金利重視”の追加緩和策の見通し

記者3:産経新聞のフジワラと申します。よろしくお願いします。先ほどの2パーセントへの道筋のところで、改めておうかがいしたいんですけれども。

今回検証のなかで、マイナス金利の副作用についても触れられているなかで、例えば、金融機関さんなんかにお話をお聞きしていると、「なかなかマイナス金利になっても資金需要が伸びていかない」というようなことであるとか。

検証のなかでも、例えば企業あるいは家計においても、イールドカーブがフラット化しすぎた面で、なかなかマインド面での不安感があったのではないか、というところについては言及されていらっしゃると思うんですけれども。

今後、ターゲットを金利にした場合に、イールドカーブをより少しスティープ化することについて、先ほどおっしゃった予想物価上昇率が、例えば日本の場合、適合的なところから、このフォワード・ルッキングなところへの転換が図れるというか、どういうメカニズムなのかというのを改めまして、もう一度金利を主軸にしたことによって、2パーセントの道筋がより描かれやすくなると見ていらっしゃるのかどうか、というのを教えていただけますか?

黒田:量的・質的金融緩和、さらにはマイナス金利付き量的・質的金融緩和。とくに後者について、総括的検証のなかでかなり詳しくその効果と影響を述べております。とくに金融機関への影響についてはかなり詳しく述べているところであります。

そこで今、ご指摘になった点につきましては、まずイールドカーブが全体として非常に下がったと。その結果として、貸出金利あるいは社債の金利等々も明確に低下しております。

そうしたなかで、社債の発行などは増えてるわけですけれども、また銀行の貸出も引き続き2パーセント台で伸びておりまして、伸びが止まったとか効果がないということではないと思います。

他方で、ご指摘のイールドカーブが過度にフラット化するということになると、広い意味での金融機能の持続性に対する不安感をもたらしたり、マインド面など通じて経済活動に悪影響を及ぼす可能性があることは、この総括的検証のなかでも述べられておるところでありまして。

そういったこともふまえて、さらに柔軟性・持続性ということを確保するためにも、従来の緩和の仕組みをさらに強化して、長短金利操作付きの量的・質的金入緩和ということによって、まさに、一方で経済に引き続き刺激効果を与えるような実質金利の低下を確保しつつ、他方でイールドカーブが過度にフラット化したり、マインド面の影響が出る可能性を排除するために、こういった適切なイールドカーブの確保を図ると。イールドカーブ・コントロールというかたちにしたわけであります。

これが可能だということは、先ほど申し上げたとおり、量的・質的金融緩和に加えて、マイナス金利を今年の1月に導入することを決定して以来、イールドカーブは非常に低下しフラット化してる影響が非常に大きく出ているということからも、このマイナス金利と国債の大幅な買い入れというこの組み合わせが、イールドカーブ全体に十分大きな影響を与えうるということがわかったわけですので。そういったこともふまえて、イールドカーブ・コントロールということを決めたわけであります。

ただ他方で、先ほど申し上げたように、もう1つの重要な要素として、オーバーシュート型のコミットメントを行ったということで。この両者相まって、2パーセントの物価安定の目標の早期実現に向かって、金融緩和を強化したと考えています。

従来の金融緩和策の効果検証

記者4:テレビ朝日のマツモトと申します。1点だけおうかがいいたします。これまで物価安定目標に向けて、黒田総裁が強気の政策を進めてこられたと思いますが、今回大きく舵を切られたということは、量を重視した金融緩和策に手詰まり感があったということでしょうか?

黒田:先ほど来申し上げているとおり、今回の新しい枠組みというのは、従来の量的・質的金融緩和、あるいはマイナス金利付き量的・質的金融緩和、この2つの枠組みをふまえて、それをさらに強化して、長短金利操作付き量的・質的金融緩和ということにしたわけでありまして、量の面でも質の面でも、また金利の面でも、十分今後とも対応できると思っておりまして、なにか手詰まりになったということはないと考えております。

ただ一方で、金融調節方針として、マネタリーベースをターゲットにして行っているということは一定の効果があったということはここで認めているわけですし、とくに長期的な意味では非常に効果があると思いますけれども。

他方で、短期的にマネタリーベースの増加と、インフレ期待とか物価上昇期待とか、そういうものとが密接にリンクしてるわけでもありませんので。

むしろ、長短金利操作付き量的・質的緩和というかたちにして、より柔軟にその時々の経済・物価・金融情勢に対応できるようにすることによって、この緩和政策が持続性があって、2パーセントの物価安定目標を必ず実現すると。

そのための手段が十分あるということをはっきりと示すことができるという意味で、金融操作目標についてこういった変更をしたわけです。

先ほど来申し上げているように、このフレームワークがだんだん強化されてきてはいますけれども、前の政策を捨てたというわけではなくて、それをさらに強化してこういったかたちにしてるとご理解いただければと思います。

日本のデフレマインドが払拭できない背景

記者5:読売新聞です。総括的検証についておうかがいします。2つあります。

まず1点、外的要因を主因に持ってきていますけれども、やや責任転換にも受け取れます。もし外的要因がなければとっくに2パーセントを達成していたとお考えでしょうか?

もう1点は、「適合的な期待形成」という言葉をお使いですけれども……まあ、簡単にならしていうと、デフレマインドが思ったより根強くて、「なかなか先々まで物価があがらないよね」と人々が思うということだと思うんですけれども。

総裁は就任会見でも、そもそも「デフレマインドを払拭するんだ」という強い意思を掲げて、量的・質的緩和を導入したわけでして。それができなかったということについて、これは結果を出せなかったと考えてらっしゃるのかどうか、コメントをください。

黒田:まず、前段の問いに対しては、これは石油価格の大幅な下落であるとか、あるいは消費税率引き上げ後の消費が弱かったこととか、そして昨年の夏以来の新興国の経済の不透明さ、あるいはそれをめぐって国際金融市場が大きく変動したといったことは、これはもちろん金融政策でコントロールできない外的な要因であります。

そういったことがなければ、2パーセントに近づいていたということは、この総括的な検証のなかではっきりと、計量経済モデルを使って示してございます。したがいまして、そういったことがなければ2パーセントに達していただろう、ということは言えると思います。

それから「適合的な期待形成」というのは、これもまた総括的な検証のなかでも示されてございますけれども。各国と比較しますと、日本は物価上昇期待というか予想物価上昇率が、足元の実際のインフレ率により強く引きづられるという傾向があるということは、この計量的な分析でも示されております。

これはおそらく15年以上続いたデフレの下で、いろんな計算があると思いますけど、1998年から2013年までデフレが続いて、デフレマインドというのがかなり企業や家計の間に染み付いてるということがあるとは思いますけれども。かなり、この予想物価上昇率の形成について適合的なものが多いということは、計量分析が示しているとおりです。

もちろんその場合でも、さっき申し上げたような、大幅な石油価格の下落とか、そういった外的要因で、実際の物価上昇率が下げるということがなければ、順調に予想物価上昇率も上がっていったと思うんですけれども。

現に、ご承知のように、量的・質的緩和を導入して、2014年には物価上昇率1.5パーセントまでいったわけですね。その後、先ほど申し上げたような、石油価格の下落とかその他によって、実際の物価上昇率が下がっていくという過程で、この適合的な期待形成というものが大きく影響したということは否めないと思います。

だからこそ、適合的なもののベースで言えば、足元で現在、潜在成長率を上回る成長が基調として続いてますので、失業率はどんどん下がってきて3パーセントまできてますし、GDPギャップもどんどん縮小してるわけですね。

そうした下で物価の基調は上昇していくと思いますし、それから石油価格もいつまでも下がるわけではありませんので、その影響はだんだん剥落していくと思いますので、実際の物価上昇率も次第に上昇していけば、この適合的な期待形成の下でも、予想物価上昇率は次第に上がっていくと思います。

やはりこの際、フォワード・ルッキングな予想物価上昇率の形成を後押しするために、先ほど申し上げたようなオーバーシュート型のコミットメントをして、より強く日本銀行として「2パーセントの物価安定目標をできるだけ早期に実現する」という決意を示したわけでありまして。

両々相まって、フォワード・ルッキング型の予想物価上昇率の形成、あるいは適合型も含めて、予想物価上昇率が次第に上がっていくということはぜひとも必要なことであると。

これは累次の展望レポートでも、2パーセントの物価安定目標を実現するということは、予想物価上昇率自体も2パーセントにされていくということだということを言ってます。そのとおりでありまして、それは2パーセントの物価安定目標を持続的に実現するために不可欠であると思っております。