安倍総理、ダボス会議での4つの約束

竹中平蔵氏:去年の1月のダボス会議では、安倍総理が基調講演を行いました。ダボス会議44年の歴史の中で、日本の総理大臣がオープニングの基調講演に招かれたというのは去年が初めてのことでした。

それだけその前年の、アベノミクスによるスタート株価57%年間上昇が世界でも注目をされていたということを示唆しているのだと思います。その中で、安倍総理はいくつかの重要な約束をしました。

世界のリーダーの前で約束をしたわけで、それを今後どのくらい実現していけるのか、というのが今まさに問われていることだと思います。いくつか重要なポイントがありますけれども、私は4つの重要な約束をされたというふうに申し上げたいと思います。

岩盤規制による新規参入の「壁」

まず第1は規制改革です。この規制改革、日本にはもう10年も20年も前から、「こんな規制はおかしいよね?」「こんな規制は早くなくさなきゃいけない」というふうに、多くの専門家によって指摘をされていながら、非常に強い政治勢力を持った反対グループがあるために実現がされないような岩盤規制と呼ばれるものがあります。

岩盤規制、たくさんあるんですけれども、1つのわかりやすい例として―これは一般の方に1番わかりやすい例ですが―皆さんはお気付きでしょうか? この国では過去36年間、新しい大学の医学部は1つも作られておりません。1番新しい大学の医学部は、1979年に作られた琉球大学の医学部。

それ以降も、多くの大学は医学部を作りたいのです。若い人でお医者さんになりたい人はたくさんいますから、医学部を作りたいというふうに申し出ても、お医者さんのアソシエーション、ドクターのアソシエーションが、これ以上医者の数を増やすなと反対して、非常に強い政治権力を使っております。

結果として36年間、日本では新しいメディカルスクールが作られていないということです。今日はいろんな業種の方がお集まりだと思いますので、ちょっと考えていただきたいのですけれども、36年間新規参入がない業界って、ろくな業界じゃないと思いませんか? そういうことが岩盤規制のわかり易い例です。

13区による大型都市開発プロジェクト

安倍総理は、今後2年でそういう岩盤規制の突破口を開くために、国家戦略特区を作ると。新しいスペシャルエコノミックゾーンを作って、その中で先行して規制改革を進めていくということを約束されました。

そしてこの法律は、普通法律改正には1年かかると申し上げましたけれども、8か月で国会を通して、去年の3月に戦略特区が6つすでに指定されました。これが今、徐々にだけども進んでいます。例えば東京では、今後2年間で13の大型都市開発プロジェクトが都市計画されることになっています。

普通都市計画決定には5年から7年かかるわけですけれども、国家戦略特区の枠組みの中で2年間でやる。そうすると13の、東京の形が目に見えて変わるようなプロジェクトが、今後実現してくるということ、そういうことが期待できるようになります。いずれにしてもこの規制改革を国家戦略特区を中心に進めていくというのが1つの約束です。

「チャンスを活かす」というマインドがリーダーには必要

2番目は法人税を引き下げるということ。日本は、法人税の実効税率が世界で最も高かったわけですけれども、2015年度からようやく少しだけ下がります。まだ下がる比率は2.5%ぐらいですので、これをもっともっと下げていかなければいけませんけども、1歩を踏み出したと言えるのが今の状況だと思います。

3番目は、女性の労働参加率を高めるために外国人労働者の活用を約束したことです。つまり、メイドさんや介護士さんを外国の方に来ていただいて、メイドさんを雇えるようになれば、女性の方々が家庭と仕事の両立をもっとしやすくなるだろうと。そういう状況を作ろうということです。

日本では移民という言葉に対する拒否反応が依然として非常に強いものがあります。安倍総理はこれを「移民ではなくてゲストワーカーだ」という言い方をしております。「来ていただいて、仕事をしていただき、稼いでいただいて帰っていただく」という形です。

しかし、いずれにしても日本の労働市場、これまで閉ざされていた労働市場が外国人に対しても少しずつ解放されていく。それを特区でまず始めようということも約束されて、すでに始まろうとしております。

第4番目の約束ですけれども、私たちが払っている公的年金の積み立てた、積立の基金があります。非常に長ったらしい名前の付いている独立行政法人で、我々はGPIF―Government Pension Investment Fund―というふうに呼びますが、ここには127兆円のお金があります。

この127兆円のお金、従来は約6割ぐらいが自動的に国債の購入に向かっていて、経済成長のために十分役立てられなかった。これを経済成長にも役立つようにインフラ投資や株式投資ができるように開発するということも約束をされました。

今、具体的にどうするかということは政府の中で非常に大きな議論になっていまして、この国会で法律がでるかどうか定かではありませんですけれども。しかし、改革の方向に向かっているということは申し上げてよいかと思います。

そのような約束の元でさっき言ったように、これがうまくいくと考えればロンドンエコノミストのような評価になるだろうし、それぞれに抵抗する力が、勢力がありますので、これはやっぱり政治的に難しいと判断すれば、フィナンシャル・タイムズのような評価になるし。

しかし1つ言えることは、間違いなく今、私たちにチャンスがあるということなのだと思います。このチャンスを活かすという強いマインドを、政治のリーダーである地域の首長も、そして企業の経営者もしっかりと持っていくということが今大変重要になっているのではないかということを是非、申し上げておきたいと思います。

「近未来技術実証特区」とは

私は今チャンスがあるということに関しまして、今日あとから出てくるデジタルな話、金融の話に関連して言うならば、2つのことを是非申し上げておきたいと思います。それは、国家戦略特区の中に今度、近未来技術実証特区というものを作ることになったということです。

もう一度言います。近未来技術実証特区。いろんな新しい技術の芽があります。それをある1つの市町村や都道府県で、集中的にそのプロジェクトを立ち上げる。そして新しい技術を実現して、生活やビジネスに応用したらどのようになるかというショーケースを作っていく。そういうような特区が今後できてくるということです。

具体的に今、各自治体や各企業からアイディアを募集しています。その先頭には、この担当である平副大臣と、小泉進次郎大臣政務官がおられます。こちらは政治のリーダーシップで進めていますので、間違いなく実現すると思います。

この近未来技術実証特区に、皆さん自身がいろんなアイディアを出して、参加をしていただくということが重要なのではないかと思います。

官業の民間開放がもたらすインパクト

もう1つ、金融に関連する問題として、コンセッションが始まります。コンセッションというのは例えば、空港や水道、そして公安といったインフラは国や都道府県が持っているんだけれども、これはキャッシュフローのインフラですから、このインフラの運営権を民間に売却するというものです。

オーストラリアの主要空港は今、すべてコンセッションになりました。民間企業が運用しています。ヨーロッパの主要空港もフランスを除いて、今ほとんど民間企業が運用しているようになりました。

例えばデンマークにおもしろい会社があります。APMターミナルズという会社があるのですが、この会社は世界68か国で港の運営を行っています。この港の港湾の運営を行っている、すごい会社です。

こういう会社は日本に1社もありません。理由は簡単です。日本国内でやらせてくれないからです。全部、官が取り組んでいます。コンセッションというのは、官業の民間開放です。これを民間に出すことによって、そして民間の政治の機会を作っていこうということが始まりました。

そしてもう具体的に1号案件が動いています。仙台空港です。宮城県の村井県知事は、この仙台空港をコンセッションにかけるということを公約に掲げて、約1年前に知事に再選されました。そして何社かのグループが入札をしていて、これからそれが具体化されてくることと思います。

今度は関西空港と伊丹空港が合併した関空がコンセッションの対象になります。これは恐らく、数千億規模の非常に大きな投資になると思います。こういう形で、今ある公的資本を民間の中に出していくということは、金融市場作るうえでも極めて重要であると思います。

例えばイギリスのマーケットで大きなシェアを持っている会社はどこでしょうか? BTです。元国営企業です。日本でもトヨタを別にすると、NTTドコモ、元国営企業なんです。

例えば、ソフトバンクという大きな会社がありますけれども、ソフトバンクの中には日本テレコムというのが入っていて、買収して日本テレコムっていうのは元国鉄ですから、ソフトバンクの中にも元国鉄が入っているということになる。

すなわち、公的な部分が持っている資本というのがどれだけ大きいか。そしてそれを民間に出すことによって、いかに資産市場が活性化していくかということが示されているのだと思います。

こういうコンセッションも始まりますので、これは是非皆さんがいろんな形で、どのように活用できるかということを考えていただきたいというふうに思います。

アジア経済の「潜在成長力」を取り込む

さて、時間が残り少なくなりましたので、私はそれでも今後大きなチャンスがあるということに関して、いくつかの点を申し上げておきたいと思います。1つは、アジアの近隣諸国が今、やはり非常に力強い潜在成長力を有して活動を続けているということです。

中国の経済にもアジアの経済にも問題点はあります。そして中国の成長がどこまで続くかという懸念もないわけではありません。それでも、やはり成長力は極めて高いと言わざるを得ません。

ある試算によると、いまアジアの近隣諸国で中間所得層は約5億人いるというふうに言われています。これは日本の1億2千万を含んで5億人と言われていますが、この中間所得層が、2020年には今の3.5倍の17.5億人に膨らんでいるだろうということです。

この人たちが、LCCを活用して日本にやってくる可能性がある。この人たちをターゲットにした新しいbase of the pyramidの新しいマーケットができつつある。このアジアの活力を取り込む、私たちは非常に大きなチャンスを持っているということだと思います。これが第1です。

オリンピック開催による「締切効果」がビジネスチャンスを生む

第2は2020年にオリンピック、パラリンピックが開かれるという事実です。51年前、日本でもオリンピックがありました。オリンピックというのは特別なイベントです。世界の7割の人が目にすると言われる。

「オリンピックがあるから、それまでに何かをやろう」「オリンピックに合わせて何かをやろう」という非常に強いモメンタムが働きます。普通はできないような改革が、オリンピックがあるからということでできる。

このことを実証したカルフォルニア大学の教授たちの、大変おもしろいレポートがあります。オリンピックがあった国では、いろんな規制がそれをきっかけとして緩和されて、いろんな貿易取引所が増えているという立証研究です。

こういうのを我々は、「締切効果」というふうに言います。私も物書きです。締め切りがないと論文って書けないものです。締め切りがあるから書けるのです。前のオリンピックのときもこの締切効果が発揮されました。

東海道新幹線が開通したのは、オリンピックの開幕式9日前のことでした。これに合わせていろんなことが行われました。東京を代表するホテルニューオータニ、東京プリンスホテル。そして今のキャピタル東京、前のヒルトンホテルですね。これらの3つのホテルはすべて、東京オリンピックの年に開業しています。

ホテルオークラはオリンピックの2年前に開業しておりますけれども、その頃にはいろんなことが起こっています。ビジネスも同じです。たくさんのアスリートがやって来るから、そのために食料を提供しなければいけない。東京中のコックが集められて知恵を出せというふうに言われた。

食材が揃わない、出た結論はとにかくあるものを冷凍していこうということ。冷凍しました。そしてそれをセントラルキッチンで解凍して運びました。皆さん、冷凍食品とセントラルキッチンというと何を思い浮かばれますか? ファミレスですよね。ファミレスのビジネスモデルは、実はオリンピックが1つのきっかけになっていたということです。

もっとわかりやすい例があります。たくさんのVIPが日本にやってくる。そこでセキュリティビジネスが成り立つのではないかと考えて、オリンピックの2年前に1つの会社ができました。日本警備保障という会社でした。これが今のセコムです。当時、日本警備保障の従業員は2人しかいなかったんです。2人、それが代々木の選手村の警備を、お巡りさんだけではできないというので、まずそこが任される。

そして6年後の大阪万博で、同じようにセキュリティのビジネスを発展させる。結果的に今、セコムやアルソック、セキュリティビジネスで働いている人はパートタイマーを含めてこの国では53万人になりました。オリンピックをきっかけにして、2人の産業が53万人の産業になった。

もちろん当時は発展途上国型のオリンピックです。今度は成熟した国のオリンピック、そしてそこにデジタルな技術が絡んできます。いったい何ができるのでしょうか? それを考えられるのは政治家でもないし、学者でもないし、ジャーナリストでもない。まさに、民間の最前線で働いておられる皆様であろうかと思います。

しかし、繰り返し言いますが、普段はできないようなことも締切効果、オリンピックがあるからということでできる。そのチャンスは十分にあると思います。

オリンピックの後に、何を残せるか

例えばですけれども、土地収用法という法律が日本ではありますよね? 公的な利益のためだったら私的な利益を制限して土地を収用する、買収する権利を国は持っています。

でも政治家は、普通は怖くて使えないんです。だから成田空港のときも一坪地主とかがあって、なかなか収用できなかった。ところが皆さん、前のオリンピックの時、道路を作るためにこの土地収用法が初めて適用されているんです。その結果できた道が今の環状七号線、環七なわけです。

そういうことを思いますと、このオリンピックというのを1つの梃にして、我々は今、新しいチャレンジをしなければいけないのだろうというふうに思います。2004年にアテネでオリンピックがありました。何が残ったでしょうか? ギリシャの財政赤字が残りました。

それを見ていたロンドンは、2012年のロンドンオリンピックのときには彼らはレガシーという言葉を盛んに使いました。あとに残るものです。結果的に、ヒースローの機能が強化され、たくさんのホテルや会議場ができ、オリンピックが終わった後も、ロンドンは世界で最もたくさん国際会議が開かれる都市になりました。

私たちには、今大きなチャンスがあるということだと思うんです。逆にこのチャンスを逃すと2020年以降は見たくない現実が見えてくるかもしれない。その2020年に向かって私たちがどのようにチャレンジできるか。さあ、あとのセッションで具体的なお話を是非お聞きいただきたいと思います。ありがとうございました。