英文IR人材育成講座における「上場会社パネルディスカッション」

原山真紀氏(以下、原山):本日は、IRの最前線でご活躍されているお二人にお越しいただいています。株式会社カオナビの橋本さま、株式会社アバントの西村さまです。海外投資家向けIRの観点でいろいろとお話をうかがいたいと思っています。

会社紹介:カオナビ

まずは自己紹介を兼ねて、会社概要やご経歴、IR体制などについてご紹介をお願いします。

橋本公隆氏(以下、橋本):株式会社カオナビ取締役CFOの橋本です。株式会社カオナビの会社概要からお話しします。事業内容として、タレントマネジメントシステム「カオナビ」を展開している会社です。

タレントマネジメントシステムとは、企業の人材情報を一元化し、見える化して、最適な人材配置や人材の抜擢など、戦略的なタレントマネジメントに活用するというツールです。それをクラウドベースで提供しています。

2012年からその事業を開始し、2019年3月に当時の東証マザーズに上場しました。最初に提出した目論見書の記載価格に基づく時価総額は90億円強で、今の時価総額は300億円弱と少しずつ企業価値が上がってきています。

IR体制と海外投資家比率の推移:カオナビ

僕は新卒で大手の電機メーカーに入社し、財務部門で資金調達、銀行との交渉などを担当していました。その後、証券会社に移り、投資銀行業務に12年ほど従事しました。そして2018年にカオナビに入社し、その半年後に上場しました。その後、取締役CFOとしてIR等を行っています。

僕の下に経理やリーガル、人事・総務などのような業務を行うコーポレート本部と、財務やIRの業務をメインで行う経営企画室があります。経営企画室には財務担当が2名とIRの専任が1名います。適時開示のIR業務は、僕とIR担当の2名体制で行っています。

ただし、2人とも日本人で、英文開示をするにあたってネイティブチェックが必要な局面もあるため、決算の時期には他部署のメンバー1名が英文チェックをサポートしています。上場した2019年から決算短信、決算説明資料、各種適時開示などを英文開示しており、今年から株主総会の招集通知の英文開示も開始しました。

2019年3月に上場し、それまでは決算説明資料の英語版などは持っていましたが、適時開示というかたちでは行っておらず、きちんと日英同時の適時開示を始めたのが2019年の秋頃です。それ以降、外国人株主の比率が年々高まってきている状況で、2022年3月末で20.8パーセントとなっています。

株主構成:カオナビ

弊社の株主構成としては、経営陣が32.7パーセントを保有し、リクルートホールディングスが21.4パーセントを保有しています。そのため、54.1パーセントの株式はほぼ市場に出回らないものです。流通株式に関しては、おおよそ半分が外国人株主で、上場時から海外IRに力を入れてきた成果が一定程度、出ているのではないかと思っています。

今日は少しでもみなさまのお役に立てるようなお話ができればと思います。

会社紹介:アバント

西村賢治氏(以下、西村):株式会社アバントのコーポレートコミュニケーション室長としてIRをしている西村です。1997年5月に創業し、2022年5月に25周年を迎えたところです。2007年に上場し、2017年に東証二部、2018年に一部に指定され、現在はプライム上場で時価総額は500億円弱です。

株式会社アバントは傘下に4つの事業会社を抱えており、みなさまはディーバという会社をご存じかと思います。1997年に創業し、連結会計システム「ディーバ」の開発・販売を行っており、2013年にアバントという持株会社を作るまでは株式会社ディーバとして上場していました。

その他、システムインテグレーションを行っているジールという会社や、アウトソーシング事業を行っているフィエルテという会社があります。

IR体制と株主構成:アバント

IRを担当している部署はコーポレートコミュニケーション室といい、日本語では広報IRです。社内外コミュニケーションに関することをすべて統括している部署で、CFO直下で、責任者の私を含めて2名体制で行っています。

私は、もともと証券会社で19年ほどアナリストとして海外の企業調査などを中心に行っており、後半は少し日本株のアナリストもしていました。その後、金融機関に移り、そこで9年ほどIR室長をしました。そしてアバントに移って3年が経ったところです。

私がアバントに入社したのは、会社としてどのように事業価値、企業価値を上げていくかに真剣に取り組むようになり、外部のプロフェッショナルな力も加えてそれを推進していこうという流れからです。

最初に考えたことは、どのようにバリューを上げていくかです。やはり海外機関投資家に買ってもらうことが非常に重要ではないか、そのためにはどうしたらいいかと考え、日本語と英語の内容の違いをなくすことにしました。開示しているものはすべて英訳するというスタンスで、ホームページから開示する情報、資料に至るまで、すべて英訳する体制にしました。

年間のIR面談回数は120件で、そのうちの半分ぐらいが海外の機関投資家とのものです。120件のうち80件は投資家からリクエストがきて面談をしているものです。残りの40件はアウトリーチで、我々から証券会社やIR支援会社の方に、このような投資家とミーティングがしたいと一部名指しをしてお願いします。

その結果、私がジョインした頃は12パーセントだった外国人投資家比率が、3年間で17.3パーセントに上がっています。それだけが理由ではありませんが、バリュエーションも徐々に上がってきている状況です。

海外投資家向けIRを行うようになったきっかけ:カオナビ

原山:ありがとうございます。これほどまで熱心に海外IRや英文開示などを行っている企業は多くはないという印象です。

そもそも、これだけ熱心にしようと思われたきっかけとして、海外投資家向けIRを行っていく際に情報に齟齬がないようにしていこう、英文開示を全面的に行っていこうと思うようになった経緯を教えてください。カオナビはどのような経緯で海外IRを開始しましたか?

橋本:弊社の場合は、端的にいうとビジネスモデルです。SaaSというビジネスモデルで、最初に開発をしてプロダクトを作り、マーケティングや販売活動を実施して少しずつサブスクリプションの契約を増やしていきます。売上は少しずつ増えていくため、売上規模は非常に小さいです。その一方で、人を採用しなければいけないし、マーケティング投資もどんどんしていかなければいけないため、どうしても赤字が先行します。

赤字だと個人投資家からは毛嫌いされますし、3年前にIPOのロードショーを回っていた時に国内の機関投資家から「そもそも赤字で上場するとは、ふざけているのか」などと言われました。国内の投資家層を考えると、このビジネスモデルに対する理解が薄かったかと思っています。

それに対して、アメリカや欧州ではセールスフォースなどの世界を代表するSaaSカンパニーが上場しており、投資マネーが入っています。そのような意味で海外の投資家のほうがSaaSというビジネスモデルに対して知見を持っているため、それなら最初から海外の機関投資家をターゲットにしたIRをしていこうと始めました。

原山:ありがとうございます。タクシーに乗ると、徳川家康がクラウド管理によって兵士を集めて、マネジメントして戦いに圧勝し、それができなかった石田三成が敗北したという内容のカオナビの広告を見かけます。

SaaSに関連して、クラウド人事管理サービスについては、海外の投資家はすぐに理解してくれたのでしょうか? それとも、何度も対話を重ねてようやくというかたちでしょうか?

橋本:ここにもけっこう高いハードルがありました。そもそも日本には、タレントマネジメントシステムというジャンルでの上場企業がないため、国内の投資家は比較のしようがありません。また、海外の投資家からすると、日本の企業で人材情報がバラバラに管理されている実態をどうしても理解できない場合もありました。

アメリカなどは、人材の流動性を前提に動いている社会のため、企業は当然、人材情報を管理し、それを活用して最適な配置などをしているという考えです。それができていないと言うと、「日本は本当にそんな状況なの?」と聞かれます。文化や社会の違いのようなところから説明するのが最初の段階でした。

原山:ありがとうございます。また後ほど説明の仕方についてもおうかがいできればと思います。

海外投資家向けIRを行うようになった経緯:アバント

次に西村さまに質問です。アバントが開示している統合報告書を見ると、冒頭のCEOのメッセージで社長の森川さまが非常に率直に語っていました。投資家が統合報告書でまず見るところはトップメッセージで、いかに率直に語っているかが注目されます。

トップメッセージの始まりの言葉は「地獄の特訓」です。これは森川社長が2021年1月の同社の取締役会の様子についておっしゃったものです。こちらを読み、アバントも、経営もしくは経営陣が、IR活動または社外的な評価や社外に対するメッセージの発信について、非常に関心が高いのではないかと思いました。

英文開示や海外IRをどのような経緯でしたのかに加えて、経営陣がその取り組みに対してどのような後押しや関わり方をしているのか教えてください。

西村:先ほど、いかにして企業価値を上げていくかを考えた時に、海外投資家に向けてのIRを重視したとお話ししました。PBRとROEの相関について、アバントに近しい会社を見てみると、時期によっては相関係数が低くなることもありますが、だいたいは高い相関を示しています。

いろいろ見ている中で、同じROEの水準でもPBRが高い企業と低い企業があるのです。そのPBRが高い企業を見ていくと、やはり海外投資家の、特に大きなお金を投資してくる知名度も高い機関投資家の比率が高いことが見えてきました。

金融機関でIRをしていた時に、世界的にパッシブ化の動きがあり、企業がアプローチしてもそもそもパッシブ運用をしているということを痛感しました。そのような流れの中で、「このような動きもあるのだ」と気づきました。

これを踏まえて、価値を上げる上では海外投資家にアプローチすることが重要なファクターになると考えました。そのためには、判断材料として十分な情報を与えていかなければならないため、英文開示を行っているということです。

原山:その方針に対して、経営陣も「そうだね」と納得されましたか? それとも、「いや、そうは言ってもまず国内でしょう」という反応でしたか?

西村:取締役には投資銀行や金融機関出身の人材が多かったため、そこは非常に納得されました。ただし、国内投資家の比重も高いため、「国内投資家も重視した上でバランスを取っていくのだよね」という確認はされました。

原山:経営陣が動かなければ、海外IRや英文開示がなかなか進まない企業もあるかと思います。ぜひ、参考にしていただければと思います。

日英同時開示で工夫している点について

続いて、少し実務的な話になります。日英同時の開示は非常に大変なことだと思うのですが、なぜできているのでしょうか? 工夫などをお聞きしたいと思います。橋本さまはいかがですか?

橋本:一番の工夫は日本語です。日本語の資料を作る時に、英訳前提で日本語を組み立ててしまうのです。日本人は日本語ネイティブのため、長く書いたり、曖昧な表現を使ったりできます。ただし、それを後から英訳しようと思うと非常に苦労します。

一方、英語はストレートな言い方が多いため、英訳を前提に日本語を考えると、その後の工程がとても楽です。しかも日本語も英語も、短い文章で端的な表現をしているため、メッセージが伝わりやすいです。そのため弊社の場合は、日本語にこだわって資料を作っています。

原山:ありがとうございます。西村さまも、工夫などを教えていただければと思います。

西村:橋本さまのおっしゃるとおりで、英訳する時の一番の問題は日本語です。例えば、日本語は主語がないまま文章が作れます。また、いろいろな形容詞をつけて「努力し続けています」といった曖昧な表現で成立してしまう言語です。それをいかに補正するかが大切です。

我々は自動翻訳機を使っているため翻訳自体は数分でできますし、有価証券報告書でも数十分で100ページくらいは翻訳できます。その後は「日本語がおかしいため英語がおかしくなる」という箇所がどんどん出てくるため、その部分だけ主語を入れたり余計な形容詞を取ったりして補正していくことで、短時間で英訳が可能です。

原山:橋本さまは自動翻訳機を使っていますか?

橋本:ケースバイケースです。ただし、弊社の場合は最後にネイティブチェックできる体制があるため、文法の正確性などを過剰に意識せずに翻訳しています。

原山:社内のスタッフにネイティブの方がいるのですか?

橋本:おっしゃるとおりです。

原山:西村さまも、最終的なチェックはネイティブの方がしているのですか?

西村:ネイティブの方はいないため、例えば社長の言葉などは、社外にネイティブチェックをお願いすることもあります。有価証券報告書や短信など、資料のほとんどの部分は、わりと論理的な言葉で構成されているため、ネイティブチェックはかけていません。

原山:ディスクレーマーをつける工夫はしていますか?

西村:「日本語が正」というディスクレーマーは必ずつけるようにしています。

開示資料作成で工夫している点について

原山:次に視点を変えて、メッセージという観点での質問です。「海外投資家に伝わるIR」として、開示資料を作成する上で工夫している点をお聞きします。アバントのホームページを見ると、「海外IRを実施しました」「アジアIRを実施しました」と非常に詳細な説明資料が開示されています。

海外IRには「アバントグループの可能性」という資料が入っていて、アジアIRには入っていませんでした。そのため、もしかしたら話す相手によって入れる情報を変えているのではないかと思ったのです。

「アバントグループの可能性」には、アバントを取り巻く環境の変化やビジネス・インテリジェンス事業のTAM(実現可能な最大の市場規模)、アウトソーシング事業のTAMといったことが書かれていました。このように、全体感を示す資料を入れる工夫などをしているのでしょうか?

西村:例えば「ここはきちんと説明できたな」とか「ここはこの資料を使ってもなかなか刺さらなかったな」といったものを除いたり、「新たに公表したら説明ができるかな」といったものを加えたりしています。そのため、時間の経過とともに少しずつスライドの内容が変わってきていると思います。

原山:「アジア投資家に向けて、何かを工夫して入れている」もしくは「日本国内向けの資料と海外投資家向けの資料は、それぞれに工夫してわかりやすくしている」といった工夫もしているのですか?

西村:投資家によって中身を変えることはしていません。

原山:「同じ情報を」ということですね。

IRミーティングで工夫している点について

橋本さまには、実際のIRミーティングで工夫している点をお聞きしたいと思います。上場直後から、知名度を高めるためにカンファレンスに参加し、積極的に投資家との接触機会を広げてきたと思います。

知名度の向上は、企業のみなさまが非常に悩まれているところだと思います。知名度の向上に向けて、IRミーティングで工夫していること、もしくはIRミーティングを設定する段階で工夫していることがあれば教えてください。

橋本:いまだに知名度は低いと思うのですが、地道にやってきたこととしては、まずは英文開示です。英語で情報開示していなければ、海外の投資家が会社の情報にアクセスできません。その他、スポンサードリサーチレポートの会社にレポートを書いてもらって、英文でも「ブルームバーグ」等を通じてレポートを配信し、少しでも投資家の目に触れる機会を増やしています。

また、証券会社のセルサイドのアナリストの方々に取材してもらうよう働きかけたり、証券会社にミーティングをセットしてもらったり、考えつくあらゆる手段を使って投資家層を増やしていったかたちです。

原山:「証券会社に依頼したけど、なかなか入りにくかった」といったこともあるかと思いますが、いかがですか?

橋本:すべてこちらの思いどおりにいくことはないため、入らない時は入りません。それでも果敢にチャレンジすれば、いつかは会うことができます。そのようにして、投資家の中で「カオナビ」という会社名が飛び交うようになれば、「次はその会社と会ってみようか」と思ってもらえるチャンスになるかもしれません。そのような意味で、自ら積極的に投資家にアプローチしていったかたちです。

原山:西村さまにも同じ質問です。先ほど「自身でターゲティングして証券会社の方にお願いすることもある」というお話がありました。実際に、どのような観点でターゲティングしているのですか?

西村:自分たちの事業モデルや規模、成長性を考えて行います。当然、証券会社の方に、中小型の成長企業の運用を行っている会社をピックアップしてもらう方法もあると思います。また、「うちのような会社を買っている投資家って、他にどのような方がいるのですか?」と聞いてもいいと思います。

実際にミーティングを受けてくれるかどうかは投資家次第のため、それをきちんとアレンジしてくれるかという問題もあります。

先ほどお話しした年間40件くらいのIR面談については、IR支援会社に1件あたりいくらというお金を払ってミーティングをセットしてもらっています。今まで、海外IRは海外に出張して移動しながら行っていました。この数年間はできていないため、その予算を使ってそのようなIR支援会社にミーティングをセットしてもらっていました。

原山:実際にはいかがでしたか? 「なかなか入りにくいからやめたほうがいいのではないか」といった社内の動きはありませんでしたか?

西村:ありませんでした。我々のビジネスモデルはわかりやすく、ストックで積み重ねていくもののため、コネクションができれば投資家の方も「こんな会社があったのだ」と喜んでくれます。そのようにして多くのミーティングを行ってきた結果、短期的な投資家層から中長期の投資家層が増えていきました。それは取締役会でも評価されています。

原山:短期的な投資家もいれば長期的な投資家もいて、それが株価にもつながっていき、経営陣からも評価されたというお話でした。その中でさまざまなターゲティングの考え方があるかと思います。橋本さまは、ターゲティングについて何かお考えはありますか?

橋本:「自ら積極的に」という観点でいくと、ロングオンリーがメインになってきます。ただし、面談依頼もけっこうきます。ロングやヘッジファンドなど、いろいろな投資家からアプローチがあり、そこに関しては分け隔てなくすべてのミーティングを受けるようにしています。

原山:御社からアプローチする場合はいかがですか?

橋本:日本のSaaS企業の株主構成などを見て、「このような投資家が買っているのだ」とわかれば、そこにアプローチしたいと証券会社に依頼することもあります。しかし、「ブルームバーグ」や「ロイター」の情報ではヘッジファンドの名前がなかなか挙がってこず、やはりロングが目立ちます。それゆえロングオンリーがメインになってきますが、そこにヘッジファンドの名前があってもアプローチすると思います。

原山:ターゲティングの考え方は企業によってまちまちで、何が正しくて何が間違っているというわけではありません。まずはターゲティングの考え方を持つことが重要で、お二人のお話を聞いて、実際にどのようにターゲティングしていくかが企業によっても違うのだと思いました。

投資家との対話について

今度は、投資家との実際の対話についてお聞きしたいと思います。

お二人から、積極的に海外投資家と面談しており、全体の6割が海外投資家との面談だということ、また、年間40件ほどの面談の中で海外の方が多いとお聞きしました。そこで、国内と海外の関心事の違いや、質問内容の違いなどがあればお聞きしたいです。西村さまはいかがですか?

西村:パッシブ運用が多いかどうかによって、聞き方が少し変わってくると思います。例えば「予想に対して結果はどうだったのですか?」と結果について質問してくる投資家は、パッシブの方が多いです。

そこについては海外の投資家も聞いてきますが、さらに今後どうなるかについては、次の四半期などではなく5年や10年先のことについて議論されることが多いです。投資判断として「10年キャッシュフローを作らないと、うちは投資ができない」という投資家もいます。

それに対してどれだけの資料を渡せばアナリストが10年キャッシュフローモデルを作れるかが重要で、それが作れたら、投資家とつながって、株式を持っていただけることがあります。それくらい長期で見ている方もいます。

原山:1年や2年よりも、5年や10年での議論が多いというイメージですか?

西村:おっしゃるとおりです。海外の投資家は比較的そちらが多いと思います。

原山:5年や10年先についての話をする時、そこでありたい姿を定性的に話しつつ、定量的な話も求められると思います。一方で、環境がさまざまに変わる中で、5年や10年先の定量目標は実際にはわからず、どのように定量情報を示すかが企業の悩みです。説明やメッセージにおいてどのような工夫をしていますか?

西村:結局は経営者がどう思っているかが重要だと思います。経営者が5年、10年先の絵を描いているかどうかです。弊社の場合は、社長が「この10年でこれを行い、この10年でこれをする」という10年単位でのブループリントを持っているため、それをどのように図解するかに努力しています。

そこにおいては当然、数字で積み上げているわけではありません。その中でも「どのような方向性で、収益性は上がっていくのか、変わらないのか」「売上成長は加速するのか、変わらないのか」までは説明できますし、根拠がないとしても「このような世界にしたい」という思いは伝えていいはずですので、そのようなかたちで伝えています。

原山:ありがとうございます。橋本さまはいかがでしょうか?

橋本:海外か国内かというよりは、運用スタイルによって違います。海外の投資家でも、「足元はどうか」「実績はどうだったか」など非常に短期的なことを聞いてくる人はたくさんいます。外国人だから長期的な視野を持っているということはあまりないと思います。

一方で、国内の機関投資家も含めて、中長期の議論をさせていただけるような機関投資家は多くいます。そのような時には、会社のパーパスや「そもそもなぜこの会社が存在しているか」「将来どのようなことで社会貢献していきたいか、ビジネスを提供していきたいか」といった思いを話すことをきっかけに、議論が深まっていくことはけっこうあるパターンです。

原山:面談は基本的に社長がするのですか?

橋本:今はCFOがメインです。CEOも、時間が取れる時には出席するようにしています。

原山:パーパスを語れるCEOやCFOが中心となってお話ししているということですか?

橋本:おっしゃるとおりです。

原山:そこでうかがった話を、経営陣や取締役会に対してフィードバックすることが重要になってくるかと思います。例えば投資家がIRの担当者とお話しして、それが経営に届いていないことがわかると、投資家側は「何のためにこのミーティングを行っているのだ」と思うそうです。

お二人の会社の場合はCFOやCEOがお話ししているため経営陣に届くと思いますが、経営陣や取締役会に報告するタイミングもあるかと思います。そのような機会を作っていくのもIRの部署の仕事なのではないかと考えます。

そこで、西村さまにお尋ねします。投資家とのミーティングにおいて、厳しい意見や支援、後押ししてくれるような評価やコメントなどがあると思いますが、どのようなタイミングで経営陣もしくは経営会議や取締役会に報告していますか?

西村:今は、月に1回の取締役会で株価動向について報告することになっているため、「今月会った投資家からこのような話があった」というところまで話をしています。それ以前では、四半期に1回くらいの状況報告で、株価の動きと「主要投資家からこのような意見があった」という報告をしていました。

原山:海外投資家などとの対話とその報告を通して、経営あるいは社長が変わったことはありましたか?

西村:これは一般的にうまくいくかどうかはわかりませんが、弊社の社長は、統合報告書の作成自体も含めて内外とどのように意思疎通するかをよく考えています。統合報告書は、報告することよりも、統合報告書を作ることで社内や社外の人たちと意見交換するためのプロセスとして捉えています。

投資家とのミーティングでも、「僕はこうしたいんだけど、どう思う?」「こういうところで何か他に気にかけている会社はある?」など、社長からの質問が10分から15分ほどあり、こちらはやきもきしながら見ていることがあります。

そのように、我々の報告で間接的に、あるいは、社長がIRに出てくることで直接的に投資家の意見を聞く機会を作れており、それらを経営にフィードバックし、ビジネスモデルを作るにあたって参考にできていると思います。

原山:ありがとうございます。橋本さまはいかがでしょうか?

橋本:僕の場合は、CEOには雑談ベースで「こういう投資家がいました」「このような質問がありました」と報告するのが大方です。社外の役員の方々もいるオフィシャルな取締役会では、四半期に1回くらい「今、投資家がこのような懸念点を持っている」「どのようなところを評価している」という報告をしています。

原山:それによって経営などに何か変化はありましたか?

橋本:弊社の場合は、あらかじめリスクなどをきちんと言うタイプで、良いところだけ言うのがIRではなく、悪いところも含めてすべて言うのが大事だと思っています。「このようなところに課題があって、このようにして対処していきたいから、このくらいの時間軸で行っていきたいと思う」と伝えると、それが自然と経営陣の方針を直していくことになるため、方向性は一致していると思います。

原山:ありがとうございます。西村さまがお話しされた、ミーティングの場で社長から10分から15分にわたって質問することは、とてもすばらしいと思っています。

ミーティングは投資家が聞きたいことに企業が答えるもので、対話といいながらも一方通行の印象を受けることがまだあります。しかし、会社側として投資家に聞きたいこともたくさんあるはずで、それはぜひ聞いていただくといいと思います。実際に「ぜひ聞いてほしい」「投資家に聞きたいことをより重視してほしい」という投資家もけっこういます。

国内あるいはグローバルで、他の会社と比較して見ているのが投資家です。その投資家の観点で「当社の魅力を高めるためにはどうすればいいのか」を聞き、ディスカッションすることはとても良いと思いました。

社長が投資家の言葉に耳を傾けて投資家の意見を吸収し、その上で自分のご意見を伝えたいという思いがとても強いのだと感じました。ぜひ、みなさまのミーティングにおいても、少なくとも最後の3分で会社側から質問することに取り組んでみてほしいと思います。

また、橋本さまから、良いことばかりを言うのがIRではなく、悪いことも言うのも大事なIRだというお話がありました。本当にそのとおりだと思います。私どもは投資家にインタビューすることがけっこうあるのですが、その時に「企業が課題と思っていることを我々に伝えてほしい。課題を伝えてくれないと、その企業は課題と認識をしていないのではないかと心配になる」と言われました。

現在感じている課題や今後注力したい点について

さて、次の質問です。海外投資家向けのIR、もしくは英文開示において、現在感じている課題感や今後力を入れていきたい点について教えていただければと思います。橋本さまはいかがでしょうか?

橋本:この1年から2年の間に、ESGに関する情報を聞いてくる投資家が増えたと思います。弊社の場合は、日本語の開示も含めて、まだそのようなサステナビリティの開示ができていないため、きちんとストーリーを作った上で英文も含めてしっかり開示していきたいと思っています。

また、情報の非対称性という観点では、日本語では有価証券報告書などはあるものの、英文では短信と決算説明資料しかありません。まったく同じものを作るかどうかはわかりませんが、例えばアニュアルレポートなどをきちんと英文開示することによって、会社の理解を促していくことが次の課題だと思っています。

原山:ありがとうございます。西村さまはいかがでしょうか?

西村:弊社の課題は知名度がないことだと思っています。ところが、実際にIRをすると、「なんで御社のような会社があったことに気づかなかったんだろう」というコメントをよくいただくのです。会社が小さいと証券会社のカンファレンスにも出られないため、結局は1個ずつ積み上げていくしかないと思っています。

一つひとつの投資家とコミュニケーションを積み上げていくと、機関投資家のコミュニティにおいて「なぜあなたはこの株を持っているのか?」という横展開につながることもあります。

例えば、フランスの投資家が多くの株式を持ってくれており、しばらくしてその人の友だちであろう別の会社の機関投資家から取材の申し込みがきたことがあります。「友人がこの会社の株を持っていたことに興味を持ち、話を聞いて、おもしろい会社だから取材したいと思った」ということです。

地道に積み上げつつ、そのような横のつながりにより投資家層が広がっていくので、そのためにはさまざまな投資家に理解されやすい情報開示で待ち受けておくことが必要だと思います。

英文開示にチャレンジする会社へのアドバイス

原山:ありがとうございます。最後の質問です。今回の講座にご参加の企業は、英文開示したほうがいいと思う一方で、躊躇することもあるかと思います。そのような会社に対するアドバイスを、橋本さま、お願いします。

橋本:やはり日本人は完璧主義者が多いので、「英語が伝わらなかったらどうしよう」「幼稚だと思われたらどうしよう」などという不安も背景にあるのではないかと思います。しかし、そこはあまり関係なくて、英語の開示があるかないかでぜんぜん違うのです。

きちんと海外の投資家に対してアピールしていきたいと思うのであれば、英語力うんぬんよりも、まず英語で開示を行ってみることが一番大切なのではないかと思います。

原山:ありがとうございます。西村さまはいかがでしょうか?

西村:先ほど自動翻訳を使っているという話をしましたが、弊社は年間契約の機械翻訳ソフトを数十万円で使っています。それにより海外投資家が増えてくるとバリエーションが上がり、例えばPBRが5倍から6倍になった時、その経済効果がどうかを考えることが大切だと思います。

弊社の場合は、それにより時価総額が100億円増えるのです。数十万円で100億円増えるという経済効果はそれなりに評価してもいいのではないかと思います。

原山:大変勉強になりました。みなさまが海外投資家向けIRを検討していく上で、参考になることがたくさんあったのではないかと思います。ぜひ、みなさまにはカオナビ、アバントにも負けないような、海外投資家向けのIRを展開いただければと思います。

橋本さま、西村さま、本日は本当にありがとうございました。