英文IR人材育成講座における「上場会社パネルディスカッション」
重松英氏(以下、重松):本日モデレーターを務める、Lawyer’s INFO株式会社取締役COOの重松です。本日はお忙しいところ、ありがとうございます。英文IR人材育成講座の「上場会社パネルディスカッション」を始めます。
私は昨年の春まで、グロース市場に上場している不動産テック企業のツクルバでIR担当を務めていました。今はIR担当ではないのですが、IR向上委員会という、IR担当の勉強会の運営などを行っています。
本日のパネリストは、株式会社アピリッツ取締役執行役員CFOの永山亨さまと、株式会社GA technologiesのManagement Strategy Division、IR部長の渡辺聡子さま、note株式会社IRリーダーの三浦愛梨さまです。こちらの3名とは、IR向上委員会でご一緒しているため、私がモデレーターを務めることになったのだと思います。
IR向上委員会でよく話す「いつメン」という感じですので、本日はカジュアルにいろいろなお話を聞かせていただければと思います。
パネリストの自己紹介
重松:まず、会社やご自身の経歴についてご紹介をお願いします。また、四半期ごとにどのくらいの投資家と会われているのかなど、各社のIRの状況も教えてください。
永山亨氏(以下、永山):株式会社アピリッツ取締役執行役員CFOの永山です。当社は、エンジニアを多数抱えており、アプリケーションやゲームの開発を行っています。また、エンジニアの派遣事業も行っています。
アピリッツは時価総額が50億円から60億円くらいとなり、英文開示をしようか迷っている企業さまとちょうど同じくらいのステージにいます。そのため本日は、「まだ英文開示をしていないが、意味はあるのだろうか?」などと考えている方に、共感いただける話ができればと思っています。
現在、海外の機関投資家は数パーセントしかいません。国内でも中小型、小型の部類であり、個人投資家に支えられていますので、IR活動としては個人投資家向けに積極的に発信しています。機関投資家の面談もヘッジファンドが中心で、数で言いますと四半期ごとに15社から16社くらいです。
本日は「IRを行わなければならないがコストもリソースもない。どのようにしたらいいのだろうか?」という企業に、当社の取り組みをご紹介できればと思っています。
渡辺聡子氏(以下、渡辺):株式会社GA technologiesでIRを担当している、渡辺聡子です。本日はこのような機会をいただき、大変感謝しています。先ほど重松さまからもご紹介のあったとおり、いつもIR向上委員会でお話ししているメンバーのため、ざっくばらんに楽しく、いろいろなことをお伝えできればと思っています。
私は、IR担当歴が約10年となり、GA technologiesを含めて3社でIRを経験してきました。GA technologiesは2018年に上場していますが、私はその翌年に入社し、今年で5年目になります。
会社についてご説明しますと、GA technologiesは、ワンクリックで不動産取引を実現することを目指しています。不動産にまつわる一連の業務を、透明性高く簡単・便利に提供している不動産テックの会社です。具体的には、不動産に関わる、売る・買う・貸す・借りるをテクノロジー化し、高付加価値の事業モデルを行っています。
IRは私を含めて3名体制で行っています。時価総額は現時点では約500億円です。以前より少し数は減ってしまいましたが、機関投資家とのミーティングのうち、半分ぐらいが海外の機関投資家です。英文開示はこれまでも力を入れてきたため、手法やコミュニケーション方法などをお伝えできればと思っています。
三浦愛梨氏(以下、三浦):note株式会社でIRを担当している三浦です。当社は、個人の方から法人まで、自由にコンテンツを投稿したり販売したりすることができるオンラインのコンテンツプラットフォームの運営事業を行っています。
2022年の12月にグロース市場に上場し、ようやく1年を終えた状況です。時価総額はまだ100億円未満で、海外投資家との接点はほとんどありません。個人投資家に向けたIRを中心に行っています。
前職はプライム上場企業で時価総額数千億円の会社に務めており、そこでIRを5年ほど経験しました。その企業は海外投資家比率も非常に高く、海外IRや海外投資家との面談もそれなりに行ってきました。現在は状況が変わり、英文開示の対応などをどこまで行うか、日々模索しています。
先ほどIRリーダーとご紹介いただきましたが、部下もチームメンバーもおらず、1人で担当しています。幸い、CEOもCFOもIRにかなり積極的なため、面談などは分担できているものの、実務は1人で行っている状況です。そのような中で、どのようなことを考え、どのように行っているのか、お話しできればと思っています。
海外投資家向けのIR活動①アピリッツ
重松:すでに英文開示を行っていますので、時価総額から見てもフェーズとしても、おそらくGA technologiesさまが先行していると思います。これから英文開示を検討したり始めたりする場合には、noteさまやアピリッツさまが参考になると思います。
まずは、英文開示の状況について聞きたいと思います。海外投資家向けのIR活動や英文開示を始めた経緯や状況、効果についてお聞かせください。
永山:以前の職場がプライム上場企業で、時価総額1,000億円から2,000億円の会社だったため、海外投資家の面談や英文開示を行った経験はありましたが、小型に移り、このようなステージには海外投資家は来ないだろうと思っていました。
そのため、英文開示はもう少し時価総額が上がってからだと考えていましたが、今後のことを考えると、ではどのようなタイミングで始めようかと悩んでいたところでした。実は当社もIR担当者がいないため、私が兼務して行っており、リソースもコストもそれほどかけられないという課題があります。
そのような折に、東京国際金融機構さまと接点がありました。1年間フォローアップしてくれる上に、コストもかからない(東京国際金融機構 令和五年度英文情報開示支援事業)ということを知り、英文開示を始めました。
小型株の場合はおそらく、発行体からの「取り組んでも意味がない」「どうせ海外投資家は来ない」という声がハードルになると思います。しかし当社も小型株ですが、日本の小型株に興味がある海外の方に向けてアドバイザリーを行っている会社から、数回、面談の問い合わせがありました。
これは「卵が先か、鶏が先か」論ですが、思考を転回して「小型株だから海外投資家は来ない」のではなく、「実施していないため見てもらえない」と考えています。
コストもかからず、代表もIRに対して非常に理解がありましたので、この機会をきっかけに始めることになりました。
英文開示を始める際には「英語を話せる人がいないため、問い合わせに対応できない」「メールが来たらどうしよう」などと悩みますが、現代は翻訳機能がとても発達しています。メールであれば「Google翻訳」をはじめ、その他の翻訳ツールもあり、それらはコストをかけずに使えます。また、片言であれば自力で返信できる状況でした。
社内に理解してもらいたいのは「実施しないと来ない」ということです。また、英文で情報を開示するにあたって、どのような体制を組めばよいのかを知っている人は社内にいません。実際にどのくらいの負荷やコストがかかるのかを、会社として勉強するステージだと思い、思い切って実行しました。
重松:東京国際金融機構さまについては、おそらく本日いろいろな部分で説明があると思います。東京国際金融機構さまが、翻訳などを無料でサポートしてくれるということですか?
永山:おっしゃるとおりです。
重松:私もツクルバ時代にサポートしてもらいましたが、とても助かった記憶があります。
GA technologiesさまはいかがでしょうか?
海外投資家向けのIR活動②GA technologies
渡辺:当社は2018年7月に上場していますが、当初から海外投資家を見据えていました。そのため、上場から半年くらい経った頃に、証券会社主催の海外のカンファレンスに参加しました。
私はまだ入社していませんでしたが、カンファレンスでは英語の資料が必要なため、成長可能性に関する資料や決算説明資料を抜粋し、翻訳して使っていたようです。私が入社してからは、短信のサマリーの翻訳に着手しました。また、決算説明資料も日本語と同時に出すようにしました。
私が入社した当時は、海外投資家比率はゼロに近かったのですが、本格的に英文開示を始めて1年後くらいに、エディンバラのベイリー・ギフォード社という、長期投資を中心とする、世界的に有名な資産運用会社から大量保有の報告書が出ました。こちらの投資家に保有いただくことができたのは、早い段階から英文開示をしていたことも影響していたのではないかと思っています。
重松:本日こちらに来る前に過去の株価を見てきたのですが、ベイリー・ギフォード社が御社の株式を持たれた後は、新型コロナウイルスの流行があったにもかかわらず、株価が跳ねていました。そのような効果もあったと、個人的には思いました。後ほど、そのあたりを詳しくお聞きできればと思います。
続いて、noteさまが英文開示を始めたきっかけや状況を教えてください。
海外投資家向けのIR活動③note
三浦:当社は上場準備中から「できれば上場のタイミングで海外投資家に持っていただきたい」という思いを持っていました。そのため、その段階から英文の準備を行っており、証券会社につないでいただいて海外投資家との面談も実施していました。
現在は時価総額がハードルになり、資料を開示しているものの、面談の機会にはつながっていません。
一方で、上場を機に事業面で外資系のお客さまとのやり取りが発生し、英文の資料が必要になりました。また、上場前から感じていたことですが、業界的には国内よりも欧米が先行しているため、なにかのきっかけで資料に目が留まり、投資の機会につながるのではないかといった期待も持っています。
そのような意味でも、早めに動くことが大切だと感じ、東京国際金融機構さまのプログラムに参加しました。
重松:IRだけでなく、PRとして会社を説明する上でも役に立つということですね?
三浦:はい、おっしゃるとおりです。
重松:そのような意味では、noteさまも東京国際金融機構さまのプログラムがきっかけなのですね。すでに英文開示も始められており、海外投資家に投資してほしいという意図を感じます。海外投資家に保有してもらいたい理由やメリットをうかがっていきましょう。
海外の投資家に株式を保有してもらうメリット
重松:ベイリー・ギフォード社から大量保有報告が出るGA technologiesさまとして、「英文開示してよかった」「海外の投資家に持ってもらってよかった」など、なにか思うことはありますか?
渡辺:少し話はずれますが、現状として、そもそも海外投資家からは、日本の上場企業の英文開示が非常に足りていないと不満の声が多いことは、東証さまが取ったアンケートの結果にも出ています。「不満」「やや不満」が70パーセント以上というような状況でした。
アンケート結果にもありましたが、英文開示がない場合、ディスカウントして判断せざるを得ず、そもそも投資家の投資ユニバースに入ってこなくなります。いわゆる「買わない宝くじは当たらない」という状態です。
英文開示をしないために、国内の投資家にしか投資のチャンスがなく、海外の投資家に投資してもらえないことは、個人的には何か非常にもったいないことのように感じています。
本題に戻りますが、海外の投資家に投資してもらって良かったところは、例えばベイリー・ギフォード社のようなロングオンリーの資産運用会社ですと、一度保有すると5年間や10年間といった長い期間保有していただけます。したがって、投資家との会話も、足元の業績の状況のみではなく、10年後にどのようなことをしているのかというような、より深い双方向のディスカッションができます。また、そのような投資家は世界中の優良な会社に投資しているため、有用な経営のアドバイスも頂戴できます。
例えば資料についてであれば「日本に住んでいない海外の投資家からは、日本のマーケットの状況がよく見えないため、このような資料を追加すると理解が深まるだろう」といった、双方向かつ伴走型の具体的なアドバイスを頂くことができます。そのような深い議論ができる点が、海外の投資家に保有していただいて良かったところだと思っています。
重松:確かに、個人投資家が多いと言われるグロース市場において、20パーセントくらいは海外の投資家であることや、そもそも海外の投資家が株を保有していること自体が、ある種の期待値につながっていると思います。
そのような意味で、英文開示はそもそも投資ユニバースに入るためであり、行わなければそこに入れないというのは、非常に納得できます。
他方で、英文開示を行っていない企業から見ますと「時価総額が小さいとなかなか投資してもらえず、開示しても無駄ではないか」「流動性が低いと、保有してもらうのはなかなか難しいのではないか」という思いもあるかもしれません。アピリッツさまやnoteさまは、どのように考えますか?
永山:渡辺さまがおっしゃったとおり、「買わない宝くじは当たらない」ですね。例えば、日本と海外を分けて考えがちですが、IRという視点では、することもするべきことも実は変わりません。日本人が「なんとなく英文って苦手だな」という固定観念を持っているために、しないだけなのです。
国内でのIRにしても、全国に企業は3,800社ほどあり、IRを行わないと気づいてもらえず、気づいてもらえなければ売買が発生しません。「いつか、規模が大きくなったら」と思っていても、規模が大きくなって良いニュースが出た時に、知ってもらってなければ気づいてもらえません。その点では、日本も海外も関係ないと思っています。
先ほどの「卵が先か、鶏が先か」理論になりますが、当社も固定観念を切り替えて、「今のうちから英文開示しておけば、少しでも引っかかるかもしれない」という方針を取ることにしました。また、海外の良い機関投資家が株主として入ったことで、それを見た別の投資家がまた入ってくるかもしれないという相乗効果が得られる可能性もあります。
英文開示と効果の因果関係がなかなか紐付けられないため、踏み出しにくいことが悩みどころだと思いますが、そこは日本も海外もまったく同じだと思っています。「開示しないとなにも始まらない」ということで、とにかく始めてみました。
重松:noteさまはいかがでしょうか?
三浦:今、永山さまがおっしゃったお話に加えて、前職で海外投資家の方々とやり取りしていて感じていたのは、資料開示するのは最低限のことだということです。
お付き合いが始まると、国内の投資家とタイムラグなく面談を受けなければならず、また、文化的なバックグラウンドがまったく違う方に、事業の状況をわかりやすく伝えなければいけません。その先もさらに壁が控えています。
今のうちから最低限の資料くらいは整えておくくらいのつもりで、体制を整える準備を進めていく必要があると感じています。
重松:お三方のお話を聞いて思い出したことがあります。私がツクルバでIRを担当したいた時、ある記事をきっかけに、海外の投資家からの問い合わせが爆発的に増えた時期がありました。
その記事は、ツクルバをアメリカの不動産テック企業になぞらえて「今はRedfinで、ゆくゆくOpendoorになる会社ではないか?」と煽り調で書いてくれており、爆発的に問い合わせが増えたのです。
当時、ツクルバで決算短信や決算説明会の資料を英文開示していました。そのようにしていると、ふとした時に海外投資家の目に留まり、問い合わせが増えるということは、実体験として納得できると感じます。
問い合わせのある海外の機関投資家の種類について
重松:先ほどベイリー・ギフォード社についてお話しいただきましたが、どのような種類の海外投資家からの問い合わせがあるのでしょうか? GA technologiesさまはいかがでしょうか?渡辺:海外の機関投資家と一口に言っても、地域や運用するファンドの規模、投資スタイルはそれぞれ異なり、本当にさまざまな投資家から問い合わせがきています。アジアはヘッジファンド、欧州はロングオンリーが多く、北米はどちらもいるという印象です。
当社の規模はまだ小さいため、投資家を選んでいる余裕はないというところもありますが、どの投資家からのミーティングも原則すべて受けております。例えば、日々の出来高を増やすためには、ヘッジファンドとのミーティングが重要です。一方で、長期的な株主構成を考える上では、ロングオンリーの投資家とのミーティングも大切になってきます。そのような意味で、本当に幅広く、どのような投資家のミーティングも受けている状況です。
重松:海外の機関投資家は預かり資産の規模も大きいため、大きい資産しかファンドに入れられないイメージがありますが、ファミリーオフィスのような、小さいロットで入れてくれるところもあるのでしょうか?
渡辺:そのようなところにも、積極的にミーティングをアレンジしてもらうようにしています。
重松:小さいロットでも保有してくれるところがあるなら、希望も湧いてきますね。
英文開示にかかる体制づくりについて
重松:私もIRを担当していた時に感じたことではありますが、ここまでのお話を聞いていると、英文開示を行うことで小型株でも海外の投資家に保有してもらえる可能性がある気がします。一方で、ふだん行っていない英文での開示をするとなると、それなりにコストやリソースがかかります。
英文開示を始めるにあたり、誰がどのようにしてコストやリソースをできるだけ削減するかたちで取り組んでいるのか、取り組む範囲や手法などをうかがっていければと思います。アピリッツさまはいかがでしょうか?
永山:この点も、まだ英文開示を行っていない企業の後押しになるのではないかと思うのですが、正直なところ、実際には決算短信のサマリーがあるだけでもよいのです。
決算説明会資料をビジネス英語ですべて英文化するとなると、自分たちではできないためコンサル会社に頼むことになり、数百万円もかかる費用面がネックになって「もうやめよう」となってしまいます。
しかし、事業の中身は四半期で大きく変わることはありませんので、事業説明の部分だけ一度しっかりしたところにお願いして載せておけば、次回からは数字の更新だけで済みます。
頭でっかちに最初から完璧に進めようと思うと、なにもできなくなってしまいます。日本人の投資家の方と話している時に、多少の認識齟齬や言葉遣いの間違いがあったとしても、「なんだこの会社」とは思われないですよね。完璧を目指さず、小さいところからスタートすればよいのではないかと思います。
そうは言っても、始める時にはコストがかかりますし、その年の予算が決まっていて、言い出しにくいことがあると思います。そのような時に、我々は東京国際金融機構さまと出会い、1年間伴走してくれる取り組みがあると知り、応募しました。
1年間伴走してもらうと、今のような議論を社内で行い、「来年から自前になるが、安くで請け負ってくれるとこはないだろうか?」と探しに行けるようになります。最初に英文開示をしようとした時にそのような動き方をしていたかというと、そうではなかったのです。
とりあえず始めることによって、社内で議論が巻き起こります。コストをかけられない場合は完璧を目指さず、少しだけ挑戦してみるという一歩を踏み出すことが、非常に大事だと思います。
重松:現在は、限定された内容を東京国際金融機構さまが伴走するかたちで進めているのですね。
永山:おっしゃるとおりです。
重松:それでは、始めたばかりというところで、noteさまのお話もおうかがいしたいです。
三浦:当社もほぼ同じ状況で、決算短信、決算説明会資料、成長可能性資料、加えて、決算説明会の文字起こしも英訳しています。東京国際金融機構さまのプログラムのほか、SCRIPTS Asiaさまにも頼っています。
決算説明資料は毎四半期続けていると、重複部分がかなり増えてきます。部分的には自分で翻訳しつつ、負担になる部分は外部の力も上手に使いながら対応していく、ということも可能だと思います。
重松:翻訳にはツールを使いますか?
三浦:基本的にはツールを使いつつ、説明会の文字起こしだけ外注しています。
重松:GA technologiesさまは早くから英文開示を始められていたと思います。どのような範囲で、どのような始め方をしたのか、現在までの変遷をお聞かせください。
渡辺:当初は決算説明資料も社内で翻訳していました。社内で英語ができる人にお願いをして訳してもらい、ネイティブの社員にチェックしてもらうようなかたちです。しかし、その社員も本業を持っているため、毎四半期頼むことは困難であり、翻訳会社を探し、今はそちらにお願いしています。
英文開示の変遷としては、私が入社した時に、まず決算短信のサマリーと決算説明資料の英文開示をスタートしました。さらに充実させたいと思い、英文開示の予算を確保し、1年おきに今回はファクトブック、次は成長可能性に関する資料、次には招集通知というように範囲を広げてきました。今はようやく、適時開示を日本文・英文を同時に出すところまできています。このように、計画的に毎年少しずつ英文開示の範囲を広げてきました。
先ほど、英語への苦手意識から二の足を踏んでしまうというお話がありましたが、私たちもディスクレーマーをつけることでリスクを回避しています。決算説明資料にディスクレーマーをつけるのは当然として、非常に正確性が要求されるような適時開示の場合は、すべてのページにディスクレーマーを入れて出すような工夫をしています。
重松:特に失敗したという事態は、幸いにしてこれまでのところないのですね。
渡辺:はい、ありません。
重松:よかったです。3社とも、決算短信のサマリーや決算説明資料から始めていくというご意見ですね。東証が出しているプライム市場の英文開示義務化に向けた集計レポートでも、そのあたりからまず始めていこうということが記載されていたかと思います。
しかし、英訳するとなると人的リソースやコスト、いろいろなツールなどを使いながら進めることになると思いますが、そのコスト削減、効率化のようなところについて、どのようなかたちで進めてきたのでしょうか?
「そんなに大したことない」という感じが伝わってくるのですが、実際のところ、どのくらいの負担感があるのかをお聞きしたいです。
永山:東京国際金融機構さまにお手伝いいただき、この取り組みの中で最初の枠組みを作りました。今回は無料でしたので、来年以降はどうするかという点については、もうすでに動き始めています。
翻訳してくれるところはどこだろうかと探し始めることになりますが、英語ができる人はごまんといますし、世にはクラウドワーカーの方たちもあふれているため、そのようなところでコスト削減は十分にできます。
社内の意識改革については、社員からすると英文開示が入ったから仕事が増えたという感覚になってしまうのですが、「そもそもサボっていた」ということを伝えるのがポイントです。
文化的に、日本語での開示はルーティーンでも英文だと負荷になるという考え方が根強いため、そのあたりも啓蒙し少しずつ変えていきたいです。これが普通の仕事と捉えるようになると、社内で自ら安い業者を探し、「次はこのようにしようか?」という工夫をしてくれるようになるのです。
スモールスタートで、それが普通の仕事であるという意識改革をすることにより、今までは私1人で考えなくてはいけなかったコスト削減に関しても、部員たちが率先して進めてくれるようになり、コストはどんどん下がっていくのがわかりました。
重松:英文開示を長く行っているGA technologiesさまは、逆にするべきことが増えていく部分もあるのかと思うのですが、どのようなかたちで行っていますか?
渡辺:英文の開示をどんどん増やすと、それなりにコストがかかってしまう面はあります。その点に関しては、先ほどの啓蒙活動ではありませんが、マネジメントクラスの人に対しても、海外の投資家に保有していただくことがいかに企業価値の向上につながるのかを取締役会などで常日頃伝え、予算取りをしやすくすることを行ってきました。
加えて、当社の場合は毎四半期けっこうな量の資料を新規で作っています。
重松:日本語でも多いですよね。
渡辺:そうなのです。通常の会社であれば、1回翻訳すれば1年間はそのアップデートだけで済むと思います。
また、先ほど永山さまもおっしゃっていましたが、今、翻訳ツールがものすごく高度化されてきています。私たちも最初は社内で一生懸命がんばって作った経験がありますが、現在はそのような翻訳ツールを使いながら作っていけば、それほど大きくコストがかかるということはないのではないかと思います。
負担感で言いますと、最初は大変かもしれませんが、それによって日本だけでなく世界に自分の作った資料が広がっていくと考えると、行う価値は十分にあるのではないかと思います。
重松:確かに、1回作ってしまえばけっこう長く使えますよね。noteさまもそのような感じでしょうか?
三浦:最初だけ、決算発表をようやく終えて、この後で英訳が待っているのかと感じることはありました。しかし、繰り返すうちに、「今回の英訳ではここのチェックが必要だな」といった感覚が自分の中でわかっていくため、かかる時間もかなり短縮されてきました。
あとは、その英訳にかかる時間を見据え、日本語版をいつまでに作るのかを決めたり、その他のIR業務を見直したりもできているため、全体で見ると今はそれほど負担感なく取り組めていると思います。
重松:英文は必ずしも同時に出すことを求められてはいないというのが今の状況だと思いますが、みなさまの会社では同時に出していますか? それともちょっと間を空けてからでしょうか?
永山:遅れて出しています。あるべき姿は同時だと思うのですが、同時に出せないからといって英語版を出さないよりも、遅れてでも英語版があったほうがよいという発想で、無理せず進めています。最終的には同時公開を目指すという感じです。
重松:GA technologiesさまは同時でしょうか?
渡辺:大変ですが、同時に出しています。先ほどお話しした東証さまが出している海外投資家のアンケートによると、同時に開示しないことも不満との結果が出ていましたので、同時に出すよう努力をしています。
重松:同時に開示しないことが不満だといっても、出さないよりは遅れてでも出したほうがよいという見方もあるということですね。noteさまは今どんな状況でしょうか?
三浦:永山さまと同じです。
重松:まずはスモールスタートですね。
三浦:少し時間を置いて開示しています。
重松:「遅れてでも」ということですね。確かに、私がIRを担当していた時代も遅れて出していました。
海外の投資家とのコミュニケーションについて
重松:英文で開示して問い合わせが来ると、今度は1on1やIRで「英語で話さなくてはいけないのか」という点が不安になる方もいらっしゃると思います。
海外の投資家との1on1の予定が入ることはきっとうれしいことだと思うのですが、その場合に通訳を入れているのか、もしくは自分でお話しされているのか、どのようなかたちで行われているのかをおうかがいしたいと思います。渡辺さまはいかがでしょうか?
渡辺:投資家さま側からのリクエストや証券会社経由のお問い合わせですと、通訳は基本的に先方でご用意いただけるのですが、こちら側からお願いした場合には通訳を手配して行っています。
他社さまにヒアリングしたことがあるのですが、比較的英語ができるような方でも、考える時間が取れるため通訳を入れている会社が意外と多い印象でした。
ただ通訳の方の質がミーティングの質を決めるため、「この方良いな」と思った通訳の方がいたら次も同じ方にお願いするといったことは行っています。
しかし、必ずしも毎回その方にお願いできるわけではないため、新規の方の場合には「事前にこの資料を読んでください」とお願いしたり、海外の投資家からよく質問されるリストを作って渡し、事前に予習をしていただいたりします。
そして、ミーティングの15分から30分ぐらい前にブリーフィングを行い、「お渡しした資料の中でなにかわからなかったことはありますか?」と聞き、ミーティングの質を高めるような努力をしています。
重松:さすがですね。しかし、確かに英文開示を始めたばかりですと、こちらからアプローチしていくこともそこまでないため、向こうから来た時は通訳を手配してくれるから心配しなくてもよいのでしょうか? アピリッツさまやnoteさまはいかがですか?
永山:メールなどで来たものは、翻訳ツールで十分に通用します。電話でかかってきた場合は「ごめんなさい、メールで問い合わせてください」くらいを覚えてしゃべってしまえば、後はメールで来ますので、後でそちらに時間を取ればよくなります。
以前いたプライム企業だと、海外機関投資家との1on1が入れば通訳を入れていました。「英語をしゃべれる人がいないからどうしよう」と止まってしまいがちですが、いくらでも方法はありますので、スタートしてしまうのがよいのではないかと思います。
重松:ありがとうございます。noteさまもそのような感じでしょうか?
三浦:はい、同じ状況です。
東京国際金融機構の英文開示サポートについて
重松:さて、ここまでいろいろとお話をうかがってきましたが、このお三方は今、東京国際金融機構さまのプログラムを利用されています。実際のところ、どのような感じで英文のサポートを受けられるのかおうかがいしたいと思います。そのあたりはいかがでしょうか?
永山:資料を作ったらお渡しして英文にしてもらうのですが、1回目の時は、当社のビジネスを理解してもらうために、説明の時間をしっかりと取りました。
和製英語を使っていることがあり、普通にIR資料を作ると英訳した時に「これはちょっと意味がわからない」というものが意外とあります。また「日本と文化が違う人に向けてこの単語を使っても意味がない」などといったところまで配慮していただきアドバイスをいただけます。
そのため、1回作ってしまえば、次からは根本的な文言などは問題ないため、時間をかけずにぐるぐる回せるというところが非常に良かったと思います。
重松:しっかりコミュニケーションを取り、事業内容なども理解してもらいながら作るというかたちですね。
GA technologiesさまは、これまでも自社で作ってきたと思いますが、参加してからなにか新しい発見などはありましたか?
渡辺:「決算短信のサマリーを訳していました」とお話ししてきましたが、実は決算短信に関してはずっとサマリーしか訳していなかったのです。当社の場合、決算短信は基本的にIRではなく経理の方が作っているため、負荷をかけられないと思っており、そこだけはずっとサマリー止まりだったのです。
今回、東京国際金融機構さまのプログラムに参加し、無料で見ていただけるということで、初めて短信をすべて英訳しました。それは大きな一歩だと思っています。
決算説明資料に関してはずっと翻訳してきてはいるのですが、内容をチェックしていただき、永山さまのおっしゃるとおり、「これでは意味が通じません」などの指摘をいただきました。
また、日本の商習慣で普通に使っている、例えばマイナスを示すために三角を付ける、かっこの中に入れるといったことについて、「海外の方はそのような表記はわかりません」など、こちらが気がつけないような点をアドバイスいただけたことは非常に貴重でした。
重松:わかります。私も東京国際金融機構さまに見ていただき、マイナスを三角で表すのを変えました。
noteさまは、なにか気づきや、手法などはありますか?
三浦:当社の場合も、お願いをしたものをただ訳していただくのではなく、これまで開示していた資料に目を通していただき「この表現だと伝わりにくいため、このように変えたほうがよい」というアドバイスを直接いただけたことがすごく良かったと思います。
そのようなベースがある上で翻訳していただくため、毎回の翻訳のやり取りも変わったところだけ教えてくださり、チェックをする意味でも省力化できていると感じます。
今後の課題
重松:最後に、今後3社とも、いろいろなことに取り組まれていく中で、今後の課題や、英文開示についてどのように進めていきたいかをおうかがいできればと思います。
永山:まだ始めたばかりですので、最終的にはさっき渡辺さまがおっしゃったとおり、すべての資料を英文で出すこと、その次は同時に出すことが目標です。
そして、その準備をしている間に自分の会社をしっかりと成長させ、いろいろな方の投資ユニバースに入れるようにしていきたいです。大きくなってからしようではなく、今から準備しておけば、会社が大きくなったり、海外の投資家のユニバースに入ったり、良いニュースを出した時に慌てずに済みます。
さらに、社内のノウハウが蓄積するという意味で言いますと、始めないことにはノウハウが蓄積されないため、今後、それを少しずつステップバイステップで進められればよいと思っています。
重松:ありがとうございます。では、渡辺さま、お願いします。
渡辺:英文開示をがんばって進めてきた甲斐もあり、さまざまな資料を開示できるようになってきていますので、あとは、より伝わるような内容にするなど、質の部分を充実させたいです。
例えば、通訳の方に通訳していただいた場合に、「資料でわかりづらいところはありませんでしたか?」と聞いて、「ここだと伝わらないですよ」などと言われた部分を変えています。加えて、東京国際金融機構さまのプログラムを活用し、より中身の充実を図っていきたいです。
それから、まだすべての資料を英文開示できているわけではないため、例えばコーポレートガバナンスに関する報告書などの英文の着手もしたいと思っています。さらに、SNSでの発信も英語で行うようなチャレンジができるとよいと思っています。
重松:ありがとうございます。最後にnoteさま、お願いします。
三浦:当社も日本語から英文開示までのタイムラグがあるため、その時間の短縮や、業務を効率化していきながら翻訳対象の資料を増やしていくところをまず行うべきだと思っています。
また、課題としては、海外の投資家の方が興味を持ってくださった時に、最初に見ていただく、当社の概要が一見してわかるような情報を開示する必要があると認識しています。
四半期ごとの決算の翻訳だけではそのあたりが不足してしまうため、ご興味を持っていただいた時にアプローチしていただけるような、そのハードルを下げるような施策も考えていきたいと思っています。
重松:ありがとうございました。本日のお話を聞いて、英文開示に取り組んでみようと思った方や、東京国際金融機構さまのプログラムに興味を持った方もいらっしゃると思いますので、ぜひチェックしていただければと思います。本日はご視聴、ご参加いただき、誠にありがとうございました。