成長至上主義に駆り立てたものについて

守屋秀裕氏(以下、守屋):今回の前提として、質問事項や私の考えを事前にまとめて共有させていただいていますので、基本的にはそちらに沿って質問していけたらと思っています。

固まりとしては、青野さんの価値観とそれに付随する経営の基盤にある理念、また事業領域の特徴についてうかがった上で、ステークホルダーとの関係性についてうかがいたいと思っています。個人的にはここがメインディッシュとして捉えている部分です。

御社はゼロベースでいろいろなステークホルダーとの関係性を構築している非常に珍しい会社だと思っていますので、そのようなかたちで進めていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

青野慶久氏(以下、青野):わかりました。お願いします。

守屋:まず、青野さんについてです。『チームのことだけ、考えた。』という本に、青野さんが「一時期、成長至上主義みたいなものにハマって暴走した」という回顧を読み、すごく心が動きました。

もともとわくわく科学少年のような方だった青野さんが、成長至上主義のようになってしまっていたということで、その時に青野さんを駆り立てていたものについてお聞きしてもよろしいでしょうか?

青野:古いことですので記憶が曖昧なところもありますが、まず上場企業の社長になるとはあまり想定していませんでした。創業した時から高須賀さん(サイボウズ創業メンバーの一人)がずっと社長をしていたのですが、彼が社長を辞めると言い出したのはかなり直前でした。「辞めるのであれば、誰かが社長をやらないとね」「じゃあ僕がします」くらいの感じだったのですよ。

なので、自分の中で「上場企業の社長はどうあるべきか」という問いに対する答えを持っていませんでした。また、当時のサイボウズはマネジメントがあってないようなものだったので、マネジメントの概念もない中で、「そうは言っても、日本経済新聞には四半期ごとに売上や利益が載るし、そのような数字を出していかないといけないのかな」と思っていました。

偉そうな感じというのも変ですが、自分の立ち居振る舞いも「上場企業の社長らしくしないといけないのか」などと考えていました。結果的にはそのとおりに振る舞えませんでしたが、駆り立てていたのは自分で作り上げた上場企業の社長像があったからなのかもしれません。

守屋:駆り立てるという表現がよいかはわかりませんが、本来の自分とは少し違うような「こうあるべき」「こうならなければならない」という社長像があって、それが「成長だ!」と自分を強く駆り立てていたということですね。

青野:そうですね。自由に育ってきた子供が、いきなり全寮制の中学校へ入ったようなイメージです。「何時に起きなさい」「制服はこれを着なさい」と言われて、「よくわからないが周りがやっているから、とりあえず僕もそうしないといけないのかな」と、自分が「やりたい」「やりたくない」というより「そうしないといけないんだ」という感じです。

守屋:社長になる以前は、他の上場企業と自社を比べたり、「こうあらねばならない」というのは特になく、社長になった時に強く感じたということでしょうか?

青野:そうですね。3人で起業したため最初から取締役などに就いていましたが、実際に僕がやっていたことは、畑さん(サイボウズ創業メンバーの一人)が作ったソフトウェアをいかにたくさんの人に販売するか、いかに届けていくかだったので、企業や組織のマネジメントは正直ほとんど考えていませんでした。

支えてくれたものについて

守屋:そのように非常に極端に走りましたが、会社の状況が悪化して相当疲弊したと本で読みました。「車が暴走して自分をはねてほしい」という表現もあったかと思います。

その時は、いわゆる自己喪失といいますか、「僕、こんなので本当にいいのかな」と、生き方に対する疑問が生まれた瞬間だったのではないかと感じました。その段階で社長を降りたりせず、心が折れずに踏みとどまれたのは、どのような支えがあったからなのでしょうか?

青野:周りの人たちのおかげだと思います。おっしゃるとおり、その時に僕を追い出そうと思ったら、周りの人は追い出せていたはずです。僕はすごくへこんでいて、鼻をポキンと折られて、「もう無理」とぼろぼろと泣いているわけです。ですので、「青野さん、お疲れさま。あとは僕らに任せて」と誰かが言ったら、僕はすぐに辞めていたような気がします。

ですが、「青野さん、これは勉強代や」「ここからですよ」と言う人がいました。社員の離職率は高かったのですが、それでも8割くらいの人は残ってくれて、「こんなに駄目社長なのに、みんなありがとう」という感じです。なので、折れずに踏みとどまって、「どうすればもう1回強い自分を取り戻せるのだろうか」「何が足りなかったのだろうか」と、模索できたのだと思います。

守屋:「こんな社長、駄目だ」と思っていた時も包容してもらえた経験が、「もう一度やってみよう」と思えた要因だったのですね。

青野:それは間違いないです。いくつか思い出せることがありますが、僕がオフィスでへこんでいたのを見かねて、「青野さん、外に行きましょう」と連れて行ってくれる人もいました。みんな優しいですね。

守屋:その話を聞くと、その時からサイボウズは離職率が高かったとはいえ、よいチームワークがあったのだろうと感じます。

青野:そうですね。最初は辞めていく人の顔ばかり見ていました。辞められると自己否定された気になるので辞められるのが嫌でした。しかし、その頃から「残ってくれる人、ありがたいな」「近くにいてくれる人たちのことをもっと見ながら経営したい」と思うようになりました。

チームワークについて

守屋:今の話につながる部分もあるかもしれませんが、自己喪失のようなものを経た上で、自分が真理だと思うものを軸にしていく方向に進んでいったのだと思います。そこで「人生でやりたいのはチームワークなんだ」と強く思えたのは、過去にチームワークに触れる経験があったからでしょうか?

青野:僕もよくわからないのですが、ただ1つ言えるのは、1995年くらいからインターネットが出てきた時に、その技術を見て「これは世の中を変えるな」と思いました。コンピュータ大好き少年でしたので、純粋にテクノロジーとしてすごいと思っていました。

ただ、「紙のメディアがインターネットメディアにどんどん変わっていくだろうし、モノも当たり前にインターネットから買う時代になる」と思ったのですが、実はそこにはあまり興味が湧かなくて、「この技術を使えば、社内の情報共有をさらに進められる」「無駄な業務をたくさん減らして、みんながもっと賢く働けるようになる」と思い、「そのソフトがないのであれば僕が作りたい」と考えました。

おそらくチームワークへの関心がもともと強いのだと思います。「もっと楽しく、効率よくチームワークするべきじゃないの?」という信念がどこかにあるのでしょうね。

守屋:その根っこがどこにあるのかはわからないけれども、明らかに惹かれるものを感じるということでしょうか?

青野:そうですね。僕にも説明がつかないのですが、小さい頃からずっとそうなのだと思います。

守屋:子どもの頃もチームワークや他の人との協力を大事にするような方だったのですか?

青野:思い返してみると、僕は中学生の時、生徒会長をすることになったのですが、その時にも非効率な部分を効率よくしたり、文化祭などのイベントをさらに楽しくできないかと考えたりしていました。そのあたりが自分の関心分野なのだと思います。

守屋:その頃から一貫して、そこに喜びを感じているということですね。

青野:理由はわかりませんが、そうですね。

守屋:本当に心が動くものは、理由なんてわからないものなのかもしれないと私も思っています。

青野:そうなのですよ。「イチゴとミカンなら、なぜミカンが好きなのですか?」と聞かれても、「おいしいから」としか言いようがないですからね。

守屋:「ぷちぷちする食感が好きなんだ」とは言えますが、そうではないということですよね。

青野:どちらかというとそれは後付けで、「魂がそう言っているから」という感じだと思います。

守屋:この後お話をうかがっていきますが、「魂がそう言っている」というレベルのところに気付けるところが、会社の非常に重要な土台になっているのかと思いました。

青野:本当にそのとおりです。「自分も自分の魂に耳を傾けるし、みなさまもぜひ自分の魂に耳を傾けてみてください。そうすれば、さらに幸せになれる」と僕は思っています。

守屋:今の部分については、後ほどまたおうかがいします。

経営の基本法則について

守屋:青野さんについて、いろいろおうかがいしたいこともあるのですが、いったん全体をカバーさせていただくということで、経営の基本法則に移ります。

本を読んで「これが御社の経営の根幹を成しているんだな」と感じたのが、「人は理想に向かって行動する」というところです。「これを見つけた時に、神が降りてきたような感じがした」と書かれていますが、この時に青野さんにはどのような課題や悩みがあって、それにどのように使えそうだなと感じたのでしょうか?

青野:大きく分けると2つあります。1つは自分自身です。松下幸之助さんの『日々のことば』の冒頭に「本気になって、真剣に志を立てよう。強い志があれば、事は半ば達せられたといってよい」と書いてあります。

僕が見つけた法則にあてはめれば、僕にとって真剣になれる理想を置けば、僕はそこに向かって必死に行動するはずです。自分の持てる100パーセントのエネルギーを理想に向かって投資すれば、成功確率は上がります。この理屈を自分の中で理解できました。

もう1つはメンバーです。辞めていくメンバーがいて、残ってくれるメンバーがいて、「さて、これからどうしよう」という中で、「みんなの力を1つに束ねていくには、共通となる理想みたいなものが必要だ。それに共感してもらうことで、みんながそこに向かって力を出すんだ」「マネジメントはそうすればよいんだ」と、自分の中でイメージが湧きました。

それまでは「マネジメントと言われても、何をどうすればよいのかわからない」と思っていたのですが、マネジメントで一番大事なのはみんなが共感してくれる理想を置くことであり、とりあえずそれで半分くらいは達成できると気付きました。この2つで、僕は「あ、来た」と、一番大事なことを理解しました。

守屋:そのような意味では、「人は理想に向かって行動する」というのは1人の人にとっても真理で、マクロ的な集団においても活用できるということで、そこがつながっていてブルッとしたのですね。

青野:はい。世界にいくつチームがあるかわかりませんが、70億人全員に適用でき、すべてのチームにおいて適用できる基本法則です。「ああ、これはよいことを知った」と思いました。

守屋:「さすが科学少年だ」という印象を持ちました。

青野:手を離すと物が落ちるような、物理の基本法則を見つけた感じです。「コップを落とした時はこんな感じで落ちるけど、眼鏡を落としたらどうなるんだろう」というのと同じです。共通の原理・原則があり、それをつかんでおけばどのようなシチュエーションにおいても、それを適用しながらマネジメントすることができます。

多様性について

守屋:世の中でよく言われる多様性と、サイボウズが「個性の重視」とおっしゃっているところは、重なる部分もありつつ違う部分もあるかもしれないと感じています。こちらについて、おうかがいできればと思います。

青野:鋭いですね。おそらく世の中で言われている多様性は、いわゆる属性をベースにした考え方だと思います。男性ばかりで固まっていると「女性も入れなさいよ」「性的マイノリティの人も入れなさいよ」、人種が偏っていると「別の人種も入れなさいよ」と、ダイバーシティという文脈で語られることが多いと思います。

僕のイメージしている個性とは「全員、魂の叫びが違う」ということです。「いろいろな人がいますが、それぞれの人が思っている心の叫びは違うため、そこに耳を傾けないと、どうすれば楽しく働いてもらえるかわからないよね」という意味で「多様な個性」という言葉を使っています。

なぜそこに行き着いたかといいますと、多くの人が辞めていく中で、辞めていく人と残ってくれる人とたくさん対話している時に、「みんな興味関心や人生において実現したいと思っていることは本当にばらばらなんだ」と気付いたからです。僕が「多様な個性」を感じた原点はそれです。

守屋:今おっしゃった「魂の叫び」というのは、「理想」と置き換えてもよいものですか?

青野:はい、理想です。わがままと言ってもよいですし、その人のまさに理想ですね。「どれくらいの時間働きたい」「お金がいくら欲しい」「どこで働きたい」「どんなキャリアパスを進みたい」など、みんなばらばらです。

守屋:「人が理想に向かって行動する」という基本法則に従って、自分が生きる、かつ集団・組織をマネージするという観点になると、「多様性(個性)を重視するのは当たり前のことだ」となるわけですね。

青野:そうですね。そのほうが効率がよいと思っていますが、昔はそうでもなかったと思います。戦後の日本のように、個性を出すよりは、みんな朝同じ時間に来て、同じように働き、給料もそれほど差をつけることなく、それで納得しながらうまくできていたと思うのですが、ここからの時代を考えると、そのやり方は実は非効率ではないかと思いました。

面倒ですが、一人ひとりのわがままに向き合ってうまく引き出したほうが、クリエイティブな仕事をたくさんできて、組織として生産性が上がるのではないかと考え、それにチャレンジしてみたいと思っています。

守屋:ありがとうございます。

効率について

守屋:効率という言葉が何度か出てきていますが、青野さんのイメージする効率は、楽しさの要素も含んでいると思っています。効率と言ってしまうと、単純に使った時間に対するアウトプットということになり、それはまさに資本主義のど真ん中のような概念かと思うのですが、青野さんが言っている効率には、それとは違う意味も入っていますか?

青野:鋭いご指摘ですね。僕にもうまく説明がつかないです。少しひねくれた返しをしますと、「楽しい」「楽」という言葉がありますが、この「楽」という漢字はまさに効率と幸福の両方を含んでいると思います。

「楽しい」というと幸福の話になりますが、「楽になりました」というと効率が上がった話になるように、非常に近しいものだと考えています。「効率、効率」と平気で言っていますが、その言葉を「楽」という漢字で捉えて、「楽しい」という語感を含めて使っています。

守屋:なるほど。そのように捉えると、「効率」という言葉が怖くないものとして自分の中で向き合えると感じます。今の解釈は非常に新鮮でした。

青野:「効率は上がるけど、楽しくない」ということがよくありますよね。それはAND条件的にいいますと、「楽」という漢字になりきれていない、漢字の意味が半分欠けた状態です。「両方同時にできるから両方追求しよう」「楽しいだけでも、効率だけでもなく、両立する方法をみんなで考えよう」という感じです。

守屋:「片方だけよければよい」のではなく、2つともテンションがかかった状態が非常に大事なのだと感じました。

青野:そのとおりです。二元論になると平行線をたどってしまい、終わりのない議論になると思うのですが、「一人ひとりの個性をうまく引き出すと実は両立できる」というように、まさに多様性に関わる実験を自分の中で行っている感じです。21世紀にはそれが実現できそうな気がしています。

守屋:青野さんの原体験といいますか、魂とつながっているチームワークと、今うかがった基本法則を非常に大事に扱い、その2つをベースにあらゆる経営の仕組みをゼロベースで試行錯誤しながら構築しているのですね。それによって、会社の中に一貫性のようなものができ、無理なことや歪みが少ないことが組織としての強みになっているのではないかと感じました。

青野:面倒なことだとは思います。

守屋:おっしゃることはわかります。しかし、そうした調整にかかる面倒さ/コストよりも、みんなが少しずつ我慢してエネルギーを失うことのほうが、組織全体で見たらよほど大きな損失になりますよね。

青野:おっしゃるとおりです。

守屋:非常に納得しています。

青野ブログを読ませていただいて思ったのですが、守屋さんも心を削られた1人ではないですか?

守屋:そうですね。読んでいただいて、ありがとうございます。

青野:「片方欠けていると、けっこうしんどい」という感じだと思います。

守屋:まさにそうですね。「わがままを言ってよい」という環境が提供されることが大きな救いになるタイプの人も、世の中にはけっこういるのではないでしょうか。少なくとも私自身はそうだったと思っています。

青野:わがままの中に新しいビジネスチャンスがたくさんあると思うと、むしろわがままを出さないといけないですね。

守屋:そこに眠らせたままにしているのは、もったいないですよね。

青野:もったいないです。

守屋:今の話も「楽」という漢字と同じで、自分が楽しいと思えて、かつ世の中の役に立ち、新しいビジネスになるチャンスが眠っていることだと思います。

青野:そうですね。

パーパスについて

守屋:次に事業領域についてお話をうかがいます。サイボウズのパーパスは「チームワークあふれる社会を創る」ですが、それは「それが実現されると世の中はこうなる」という未来像についてお話しいただけますか。もしくは「チームワークがあふれていないから、世の中にはいろいろこういった損失や被害が生じている」という観点でも。サイボウズが作っていく世界にワクワクしたいということで、このお答えをうかがえたらと思います。

青野:今まで使ってきた言葉で説明すると、幸福度と生産性がダブルで非常に高い世の中を想像していて、今僕たちが我慢や犠牲を強いられていることから解放されることを考えています。「こんなにわがままに生きられるんだ」という部分がありつつも、生産性が低いわけではなく、今まで以上に大きな価値を効率よく量産できる社会をイメージしています。

特に、犠牲を強いられているマイノリティと言われる人たちが相当救われると思います。コロナ禍でリモートワークとなった瞬間に、出社せずに自宅から働けるようになりました。その結果、車椅子利用者など通勤にハードルがあるのに無理やりオフィスに出社させられていた人たちが「行かなくてもみんなと同じように働けるじゃん」となったり、子育てのためになかなか移動時間が取れなかった人にハンディキャップがなくなってきたり、ということが起きます。

地方に住まないといけない人や介護しないといけない人でも条件は変わりません。マイノリティとされて制限のある人たちが、今はむしろそれを個性として活用できることになります。僕らの組織にも、岡山で介護しながら働いているSEの女性メンバーがいるのですが、彼女が在宅勤務をしてくれることによって、岡山の大型案件が連続で受注できました。

守屋:すごいですね。

青野:岡山にエースがいるのですから、よく考えたら当たり前です。岡山出身で、岡山の人たちもみんな「介護しながらがんばっている彼女を応援したい」という気持ちになったら、それはもう「負けなし」です。岡山にしか住めないことは、制限ではなくて強みだったのかと、僕らは気づかされるわけです。

チームワークあふれる社会とは、そのようなイメージです。今、僕たちが制限だと思っているものが、むしろ強みに転換できることです。それは楽しいだけではなく、効率という意味でも非常にワークする社会です。

守屋:青野さんは、世の中がそのような社会に向かう追い風を感じていらっしゃいますか?

青野:感じます。昨年の東京オリンピック・パラリンピックでも、日本で多様性という言葉があれだけ飛び交ったことにびっくりしました。現在、自民党がガバナンスのガイドラインを作っているらしいのですが、そこにも多様という言葉が入っています。「この人たちまで言い出した」という感じです。

この先、一律的なやり方ではブレイクスルーが作れないことや、いかに個性に向き合うかが重要かということに、みんなが気づき始めていると思います。

守屋:世の中の不確実性や流動性が高まっていると言われる中で、新しいものを作っていくためには、多様性をいかに活用するかが重要で、それに「さすがにみんな気づいているでしょう」ということですね。

青野:だいぶコモンセンスになってきた感じがあります。少し前まで、一流経営者の間ではダイバーシティ、インクルージョンなどと言っていましたが、それが「本当にそうなんだ」と認知されて広がってきています。

僕は、その背後にあるのはテクノロジーだと思います。テクノロジーなくして、この状況はなかっただろうと思います。制限やハンディキャップを埋めるテクノロジーがどんどん開発されていることや、特にインターネットによって誰もが同時に情報を発信し、情報を得られるようになっていることが、多様な人がいて機能する社会に向けてのインフラになっていると思います。

守屋:現状だと制約がある人でも、それがなくなる技術は今後もどんどん生まれていくはずで、よりチームワークが広がっていく素地が、そこにも存在しているということですね。

青野:そのように思います。

経営資源の配分について

守屋:私自身は、現在、日本という社会の中にチームワークがあふれている状況かと言われると、おそらくそうではないと思っています。一方で、それは御社にとって非常に大きなチャンスが存在していることだと思っています。しかし、「チームワークあふれる社会を創る」中で、それを制約する要因がいろいろとあり得ると思っています。

現状、御社は「サイボウズチームワーク総研」なども展開されていますが、基本的な事業はソフトウェアの部分だと思います。今後の経営の資源配分という観点で、ソフトウェアの提供を中心的に行い、それ以外の「チームワークあふれる社会を創る」上で必要な部分は、コラボレーションしていくことなのか、それとも、自社でより経営資源の投入を行っていくということなのか、そのあたりの考え方はいかがでしょうか?

青野:まず、資源の配分という考え方があまりないです。自律分散的に配分を行っていて気づいたことなのですが、アクションを起こしたい人が増えてくれば、自然とそこに資源が集まっていくだけのことで、それを僕が恣意的にどうしようということはありません。

僕はソフトウェアが好きで、僕自身はソフトウェア事業を中心に動くと思いますが、そうではない人がいてもよいという感じです。全体で見るのではなく、「一人ひとりの魂に沿って動いていたら、全体がこうなっていました」という結果でよいと思っています。

守屋:全体を規定するものは、「チームワークあふれる社会を創る」というパーパスや、カルチャーとして挙げている部分だけで、それが事業構成や数字で見た時の資源配分にどう関わるかはわからない、というお話でしょうか?

青野:はい、「わかりません、みんなに聞いてください」ということです。例えば、サイボウズから分社化して資本関係すらない組織が増えたとしても、ぜんぜん構わないと思っていますし、「サイボウズ自体はあまり大きくならなかったね」というシナリオもあり得ます。それで社会が「チームワークあふれる社会」に向かっているのだったら、それを否定する理由は僕たちにはありません。

守屋:先日、新卒の方向けのイベントで青野さんがお話しされているのを「YouTube」で見たのですが、そこでおっしゃっていたのはもう少し過激で、「サイボウズが、どこかのタイミングでNPO的な存在になってもおかしくない」ということだったと思います。そのくらいの振れ幅を持って、「パーパスに近づくためにベストな道はどれだろう」と考えていらっしゃるということでしょうか?

青野:おっしゃるとおりです。サイボウズが株式会社、NPO、もしくはまた別の団体のかたちになるかは手段でしかなく、その時に応じて選んでいけばよいと思います。変わってもその後、また株式会社に戻る可能性もあります。すべての可能性を否定しないということです。

守屋:いわゆるゼロベースをそこでも徹底されているのですね。

青野:そうですね。NPOでなければいけないこともなく、そちらを目指すという話でもなくて、もしかしたら、いろいろな組織の集合体をなんとなく「サイボウズ」と呼ぶ日が来るかもしれません。

競合や独自性について

守屋:事業領域という観点では、投資家としては競合の要素が気になる部分だと思います。個別具体的な競合企業についておうかがいするよりも、近しいことに取り組まれている会社の中で、チームワークに特化されている会社はないように思います。貴社がチームワークに特化されていることによって生まれている差異といいますか、優位性という言葉は少し違うかもしれないのですが、個性・独自性はどのようなところにあるとお考えですか?

青野:僕たちとして「こうあってほしい」というのは、例えばチームを作って「チームワークよくありたい」と思った時に、「チームワークをよくしたいのであれば、サイボウズのサービスを入れなきゃ駄目だよね」と言っていただくことです。同様のソフトは他にもありますが、「チームワークを高めたいなら、サイボウズの製品を入れないといまいち気持ちが入らないよね」と言われるような存在でありたいと思います。

例えば、アウトドアが好きな人で「『パタゴニア』ラブ」みたいな人がいますよね。「アウトドアのときはパタゴニア製品を身に着けないと気合が入らないよね」という存在です。それと同じように、「今からチームワークを高めるのならば、サイボウズの製品じゃないとね」と思ってもらえると嬉しいです。

守屋:今の話で非常に納得したのですが、そうであるがゆえに、チームワークという観点でかなり先進的な取り組みを行うこと、資本市場などに否定的に受け取られたりすることも含めてですが、既成概念にとらわれずに進んでいくところに、実は非常に価値があるのだと思います。それがあるからこそ、「チームワークと言えばサイボウズ」という想起が生み出せる可能性があるということですね。

青野:「サイボウズみたいな会社にしたいです」「サイボウズみたいな会社が増えればよいのに」と言われることがよくあります。その時、僕は「サイボウズみたいになりたかったら、よいグループウェアを使ったほうがよいですよ。紹介しましょうか?」と返すわけです。そのあたりでシナジーが出たら、僕らの取り組んでいることがきちんとビジネスになって返ってくると思います。

守屋:御社の組織のあり方自体が、マーケティングでありR&D(研究開発)であるというすばらしい構造になっていると思います。

青野:ユニークなところですよね。理念があっても事業やブランドが別々というところは多いですが、サイボウズはなんとなくまるっと一貫性があると考えています。

僕らはMicrosoftやGoogleのようなグローバル・プラットフォーマーと競合しているのですが、これは本当に辛いことです。規模を含め、何を取っても戦えません。僕らが唯一生き残れるとしたら、徹底的な一貫性を保って、彼らが入ってこられないくらいの強いブランドとサービスとを作り上げていくことだと思います。

守屋:やはり「チームワークと言えばサイボウズ」という世界ですね。

青野:そうですね。チームを作り上げることで、「Googleを買ってもいまいち盛り上がらないから、サイボウズを買おうよ」と思ってもらえるところまで高めていかないといけないと思います。

社員の育成・成長について

守屋:ステークホルダーとの関係性についてお話を伺っていきます。まず、社員の育成について教えてください。本にも書いてあったのですが、以前はスローガンの中に「多くの人がより成長する」という言葉を入れていたのを、今は外しているとのことでした。

この話を読んだ時に、人がよりよく生きるという観点でも、会社がパーパスに近づくという観点でも、目指す範囲やスピードには多様性があるにせよ、成長はけっこう大事なことなのではないかと思いました。社員の成長やそのための支援について、どのように考えていますか?

青野:成長という言葉は扱いが難しく、どう定義するかによってニュアンスが変わってきます。物差しや理想の置き方によって成長と言えるかどうかが決まります。フルタイムで働いていた社員が短時間勤務に変わったり、年収が下がったりした場合、成長と言えるかもしれませんし、言えないかもしれません。成長という言葉はいったん置いておいて、この場で楽しく働けているかどうかが大切です。このほうがわかりやすいですし、そのように考えています。

守屋:成長という言葉を使うかは別にして、理想に近づいていることを成長と捉えたらよいのかなと思ったのですが、理想に近づいているかどうかの確認や社内コミュニケーションなどはあるのですか?

青野:そこはがんばらないといけないと思って、いろいろな仕組みを導入しています。例えば、キャリアについては「Myキャリ」という仕組みがあります。社員それぞれに、今までがんばってきたことや今後チャレンジしてみたいことを表明してもらうものです。短期的なものから、3年後・5年後のビジョンもありますし、仕事の内容だけではなく、働き方という文脈もあります。

例えば、「関西出身なので、5年以内には関西で働きたいです」と思っている人もいると思います。お金の面でも、「何歳までにいくらくらいほしいです」という人もいれば、「これ以上もらうようになると責任が重くなって嫌です」という人もいると思います。このあたりも含めて共有して、それを実現できるように支援していくのが基本的な考え方です。

守屋:なるほど。自分の考えを書いてそれを人に共有して、お互いに支援しあうのが基本的な考え方ということですね。

青野:そうですね。これはサイボウズあるあるですが、「関西出身なので、5年以内には関西で働きたいです」と書いたら、大阪オフィスの人が「5年後と言わずに3年後にどう?」のように声をかけてくれます。

守屋:自分の理想の状況・環境で働くほうがよいパフォーマンスができるため、呼ぶほうのメリットもきっとあるのでしょうね。

青野:そうですね。少なくとも幸福度にはつながっています。先ほどお伝えしたように、幸福度の向上がうまくいくと、楽なほう・効率のほうにもつながってくるはずですので、この両立を目指していきます。

パートナーのエコシステムについて

守屋:次に、重要なステークホルダーであるパートナーのエコシステムについて教えてください。SaaS企業の中でも、広くて強いパートナーのネットワークを持っているのが御社の強みだと聞いているのですが、この強みはどのように形成されていったのでしょうか?

クラウドにシフトする時に反発があったという断片的な情報は入ってきています。また、Microsoftのプラットフォーム上でソフトウェアを提供している時に、「インフラになるにはやはり面を取らなきゃいけないんだ」という気づきがあったとも聞いています。強いパートナーシップの輪を作っていくのは簡単ではないと思いますので、どのように形成していったのか教えてください。

青野:うまくまとめられそうにないため、思いつく要素からお伝えします。まず、グループウェアの事業を長らく運営してきて気づいたことは、企業は100社100とおりでニーズがバラバラということです。かつ、企業もどんどん変化していきますから、本当にバラバラです。

「こんな商品を作りました。みなさま使ってください」と提案した時に、ぴったり合うところもありますが、ほとんどの企業では微妙に違和感が残ったまま使うことになります。多様な顧客企業に寄り添ってカスタマイズし続けない限り、本当の意味でチームワークを高めることはできないというのが僕の気づきです。

最初のソフトである「サイボウズ Office」は僕の中では傑作なのですが、それでも「こうしてほしい」「ああしてほしい」という要望が途切れることはありません。そのため、ギャップを埋めてくれるパートナーがいない限り、僕たちの製品は未完成なのだというのが1つの信念としてあります。

別の観点ですと、僕たちが製品を作ってMicrosoftやGoogleと競争していく時に、僕たちだけで勝てるのかというのもあります。開発力からブランド力まで何もかも負けている中で、いかにパートナーを呼び込んでくるかが重要です。

MicrosoftやSalesforceは事業を拡大する中で、パートナーが稼ぐ領域もどんどん浸食していきます。彼らが周辺の企業を買収していった時、買収された企業のライバルはがっかりするわけです。例えば、SalesforceがAIのソフトを買収するようなことがあると、競合のAIソフトの会社からするとSalesforceとは組みにくくなってしまいます。

そのため、逆の戦略を取らないと彼らとは戦えません。僕らのように買収するお金すらない企業ができることは、「買収するお金がないので、みなさまの領域を浸食することはありません。安心して組んでください」と伝えることです。それが僕たちの最大の強みであり、彼らと違う戦い方ができる部分です。

だからこそ、僕たちはパートナー戦略を徹底的に行っています。ここを徹底できているところは案外少ないため、今のサイボウズのユニークさになっていると思います。

守屋:徹底できているところが少ないのは、何が要因なのですか?

青野:Microsoftをはじめとするグローバルソフトウェア企業がとてつもなく強大になってきていることがあると思います。GAFA規制の動きがグローバルで起きているくらい、彼らは事業領域を拡大し、あらゆる分野でプラットフォーマーになっていきます。何にでも手を出すということは、ある意味、自社ですべて完結できるということです。パートナーにはあまり配慮せず、自分たちが強大になり続けることが重要、という信念があるのだと思います。

一方、ベンチャーもベンチャーで、パートナーを重視しているところはあまりないように感じます。SaaS系の企業はほとんどが自分たちで作って、自分たちで売りに行っていると思います。その気持ちはわかります。

僕たちも「サイボウズ Office」を立ち上げた当初は、自分たちで直販していました。とにかくビジネスを立ち上げないといけない状況で、パートナーを開拓するのは手間ですし、パートナーの理解を得て、彼らに動いてもらうのは本当に無駄なコストにしか思えませんでした。しかし、長い目で見た時には、パートナーを大事にしたほうがうまくいくと信じています。

守屋:「早く行きたいなら一人で行け」「遠くに行きたいならみんなで行け」という話ですよね。

青野:おっしゃるとおりです。

守屋:環境というか、事業領域や提供されているサービスの特性が、「安心して組める相手ですよ」という弱者の戦略と上手くはまることもあるのですね。

青野:そうですね。多様なニーズを満たしていくこととパートナー戦略については一貫性を持って推し進めています。

守屋:とても理解が深まりました。

機関投資家とのコミュニケーションについて

守屋:次に、機関投資家とのコミュニケーションについて教えてください。青野さんには事前にお伝えしているのですが、私はサイボウズの経営陣は機関投資家が嫌いだから、このようにお話しするのも難しいのかと思っていました。今回、私の勝手なイメージが間違っていたことがよくわかったのですが、青野さんが投資家とコミュニケーションする必要があると感じるのは、どのような目的がある時ですか?

青野:まず、機関投資家という人はいないというのが前提にあります。社員という人はいないのと同じで、機関投資家を100人並べても一人ひとり違うわけです。僕は機関投資家が嫌いなのではなく、当然ながら好きな人もいれば嫌いな人もいます。一人ひとりとお話しして、一人ひとりにリクエストできればと思っています。

機関投資家というカテゴリーでは鎌倉投信の代表取締役社長 鎌田恭幸さんや創業者 新井和宏さん(eumo代表取締役)が大好きで、「早く投資してくれないかな」と思っていたら、彼らから動いてくれました。今、サイボウズの株を「結い2101」に組み込んでもらっています。

ものすごく嬉しかったです。「結い2101」に選ばれると、ブランド力がすごく上がります。「サイボウズは機関投資家を大事にしない変な会社だ」と言われますが、「いやいや、鎌倉投信さんがうちの株買ってるんですよ」「そちらは買ってないのですか?」と言い返せるわけです。

一人ひとりの投資家の方とお話ししながら、サイボウズのビジョンに向けてどのようなチームワークが組めるかを確認していきたいと思います。

守屋:逆に、このようなコミュニケーションだと違和感を感じるということはありますか?

青野:理念をいまいちわかっていない人ですかね。自分たちなりにいっぱい情報発信をしているつもりですし、守屋さんが読んでくださった本や、「サイボウズ式」というメディア、さまざまな場での対談もあります。それらをスルーされて会話が始まると、「まずは前提条件を合わせましょう」と思います。

また、「サイボウズみたいな会社は非上場にしたほうがよい」という意見もあるのですが、それも違和感を感じる言葉です。上場しているからこそ、サイボウズに興味を持った人がすぐに株主になれるし、納得いかなければすぐに去れます。そのほうが、チームに入る人材の流動性が高いです。「サイボウズみたいに株主を軽視する会社は非上場にすればよいのに」と言われますが、軽視するつもりもないですし、上場しているからこそ僕らみたいな変な会社でも仲間が入りやすい状況になっています。

守屋:軽視しているつもりはないのに軽視していると言われてしまうことに、もったいなさを感じています。「YouTube」の株主会議などを見ると、株主とよい関係性を作ることでパーパスに近づけるのではないかと期待を持たれているように思います。そのため、この齟齬がすごくもったいなく感じます。

青野:そうですね。「サイボウズは株主軽視だ」と言う人とはあまり付き合いません。サイボウズが株主と境界線を引くのではなく、一緒にチームとして動こうとしているのが、わかる人には伝わっています。このような人たちと楽しいことをしていたら、そのうちみんな気づくと思います。

守屋:わざわざ説得していくのではなく、楽しそうにしている様子を見せることで、「混ぜて」と言ってくるのを待っている感じですね。

青野:そうですね。サイボウズでは強制したくありません。「どうあらねばならない」ではなく、理想のもとで楽しそうにしていると、「俺も、俺も」と集まってくる感じがよいと思っています。

守屋:単なるアイデアでしかないのですが、決算説明会でも御社の「理想マップ」を使って、長期で目指しているものと短期の計画がどうつながっているのかをもう少し補ってもらえたら、投資家としても見えてくるものが増えるのではないかと思いました。

青野:いいですね。説明会において、長期・中期・短期の理想が分断されているともったいないですよね。一貫性を持って考えていきたいですし、つないでいくアイデアをみんなで出していきたいです。

守屋:そのつながりが見えないから、「株主軽視だ」と言われてしまうのかもしれないと個人的には思っており、1つのアイデアとしてお伝えさせていただきました。

青野:反省しますね。経済的に株主が得することを理念に置いていないため、そこは嘘をつきたくないのですよね。思ってもいないのに、「株主価値最大化に向けて」とは言いたくありません。いざとなったら、株主に謝って「みんな損するけど、チームワークあふれる社会を創るために、これをやらせて」ということがあると思います。あまり期待を持たせたくないので、冷たいコミュニケーションになっているのかもしれません。

守屋:今、青野さんがおっしゃったことは誠実さだと思っています。自分が約束・保証できないことは言えないというのは理解できます。一方で、株式投資では「未来なんてわからない・不確実である」というのは前提で、それでも同じ船に乗りたいという人が株を買うのだと思います。約束できないことを所与として、それでも言えること(意志)を伝えるというベースで十分なのではないか思いました。

守屋:本日は貴重な機会をいただきまして、本当にどうもありがとうございました。

青野:こちらこそありがとうございました。楽しかったです。

守屋:御社の魅力をより理解したいと思っていましたが、期待どおりのお話を聞くことができ、すごくありがたかったです。

青野:ありがとうございます。変な会社ですが、みんながんばっていますので、機会があったら応援してください。

守屋:はい、もちろんです。