9月21日 金融政策決定会合の決定事項

質問者1:3つお尋ねします。

1点目は、政策決定会合の内容について、ご説明をお願いいたします。

黒田東彦氏(以下、黒田):本日の政策決定会合では、長短金利操作、いわゆるイールドカーブ・コントロールのもとで、これまでの金融市場調節方針を維持することを、賛成多数で決定しました。

すなわち短期金利について、日本銀行当座預金のうち政策金利残高に、マイナス0.1パーセントのマイナス金利を適用するとともに、長期金利について10年物国債金利が0パーセント程度で推移するよう、長期国債の買入を行います。

買入高については、概ね現状程度の買入ペース、すなわち、保有残高の増加額年間約80兆円を目途としつつ、金利操作方針を実現するよう運営することとします。

また、長期国債以外の資産買入に関しては、これまでの買入方針を継続することを全員一致で決定しました。

我が国の景気の現状については、所得から支出への前向きな循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大していると判断しました。やや詳しく申し上げますと、海外経済は総じて見れば、緩やかな成長が続いています。そうしたもとで、輸出は増加基調にあります。

国内需要の面では、設備投資は企業収益が改善する中で、緩やかな増加基調にあります。個人消費は、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、底堅さを増しています。この間、公共投資は増加しており、住宅投資は横ばい圏内の動きとなっています。

以上の内外需要の増加を反映して、鉱工業生産は増加基調にあり、労働需給は着実な引き締まりを続けています。

また、金融環境については極めて緩和した状態にあります。先行きについては、我が国の経済は、緩やかな拡大を続けると見られます。

国内需要は極めて緩和的な金融環境や、政府の大型経済対策による財政支出などを背景に、企業・家計の両部門において、所得から支出への前向きな循環メカニズムが持続するもとで、増加基調をたどると考えられます。輸出も海外経済の増加を背景として、緩やかな増加を続けると見られます。

物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、0パーセント台半ばとなっています。予想物価上昇率は、弱含みの局面が続いています。

先行きについては、消費者物価の前年比はマクロ的な需給ギャップの改善や、中長期的な予想物価上昇率の高まりなどを背景に、プラス幅の拡大基調を続け、2パーセントに向けて上昇率を高めていくと考えられます。

リスク要因としては、米国の経済政策運営や、それが国際金融市場に及ぼす影響、新興国・資源国経済の動向、英国のEU離脱交渉の展開やその影響、金融セクターを含む欧州債務問題の展開、地政学的リスクなどが挙げられます。

日本銀行は2パーセントの物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、長短金利操作付き量的・質的金融緩和を継続します。

また、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比上昇率の実績値が安定的に2パーセントを超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続します。

今後とも、経済・物価・金融情勢を踏まえ、物価安定の目標に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行います。以上です。

イールドカーブ・コントロールの導入効果

質問者1:2問目の質問です。イールドカーブ・コントロールの導入から、1年が経ちました。この間の総裁の評価と、見えてきた課題を教えてください。

黒田:ご指摘のように、この長短金利操作付き・量的質的金融緩和の導入が行われて1年が経つわけです。それ以降、長期金利は操作目標である10年物金利が0パーセント程度で安定的に推移し、こうしたもとで、貸出金利や社債金利も極めて低い水準となっております。

金融機関の貸出対応は、引き続き積極的でありまして、貸出残高も拡大を続けております。長短金利操作付き・量的質的金融緩和のもとで、金融環境は極めて緩和的な状態が続いている、あるいは実現していると言えると思います。

この間、我が国の景気は企業・家計両部門において、所得から支出への前向きな循環メカニズムが働き、緩やかに拡大しております。企業収益は過去最高水準で推移し、設備投資は緩やかな増加基調にあります。

失業率が3パーセントを下回る水準まで低下し、賃金が緩やかに上昇する中、個人消費も底堅さを増しております。

一方、生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価の前年比が、なお0パーセント程度で推移し、中長期的な予想物価上昇率の弱含みの局面が続いております。このように、物価は依然弱めの動きとなっておりまして、2パーセントの物価安定目標の実現までには、なお距離があります。

日本銀行としては、これをできるだけ早期に実現するため、今後とも強力な金融緩和を粘り強く進めていく方針であります。

金融政策決定会合における反対意見

質問者1:3つ目の質問です。本日の決定会合では、片岡(剛士)委員が反対票を投じました。

公表文によりますと、「現在のイールドカーブ・コントロールのもとでの金融緩和効果は、2019年度ごろに2パーセントの物価上昇率を達成するには、不十分である」とのことです。片岡委員の反対票の趣旨ならびに他の委員の反応について、もう少し詳しく教えてください。

黒田:本日の金融政策決定会合において、片岡委員は「現在のイールドカーブ・コントロールのもとでの金融緩和効果は、2019年度ごろに2パーセントの物価上昇率を達成するには不十分である」という理由から、これまでの金融市場調節方針を維持することについて反対いたしました。

また、物価の前年比について、「来年以降2パーセントに向けて上昇率を高めていく可能性は現時点では低い」として、先行きの物価見通しに関する公表文の記述に反対されました。

こうした意見も含めまして、9人の政策委員による活発な議論の結果、これまでの金融市場調節方針を維持することが、反対1の賛成(8の)多数で決定されました。

また、先ほど申し上げた片岡委員の反対理由を脚注に記載することとした上で、本日の公表文を、全員一致で決定いたしました。

ご承知のとおり、これ以上の議論の内容は、主な意見、議事要旨及び議事録において開示することとなっておりますので、この場で具体的にコメントすることは差し控えたいと思います。以上です。

金融緩和策強化の必要性

質問者2:時事通信の者です。2点お尋ねします。

1点目は、イールドカーブ・コントロールから1年の中で、国債市場の機能低下という副作用を指摘する声が多いです。その課題について、ご所見を改めてお伺いしたいです。

2点目は、片岡委員のご意見について。おそらく、より強固な緩和策の必要性を指摘されたということだと思います。足元の物価の弱さと、2019年度という目標の達成時期を鑑みると、反対意見は正しいようにも思います。緩和強化の是非も含めて、2パーセント目標への道筋を、改めてご説明ください。

黒田:まず、国債市場の機能という問題につきましては、もとより私どもも常に関心を持って見ております。さまざまな指標を見ますと、このところ、むしろ国債市場の流動性は高まっておりまして、とくに流動性が低下したり、板の状況が薄くなったりというようなことにはなっておりません。

ですから、客観的な指標で見ますと、むしろ国債市場の機能はこのところ改善しているようにも見えるのですが、他方で国債市場関係者のアンケート調査によると、機能が低下した状態が続いているという意見が寄せられているようです。

客観的な指標と市場関係者の考え方に、若干のズレがあるように思えるのですけれど、いずれにしても、国債市場の機能の状況については、さまざまなチャネルを通じて、十分注意してまいりたいと思っております。今の時点で、何か問題が生じているとは思いません。

それから片岡委員の意見につきましては、先ほど申し上げた、公表文に示されているような意見を言われて反対票を投じられたわけです。

それ以上に詳しく、どのような趣旨でとか、他の委員の反応はどうだったかとか、そういったことは主な意見、議事要旨、最終的には議事録というかたちで公表するルールになっておりますので、それ以上詳しくは申し上げません。

金融緩和自体について、この公表文にもありますように、引き続き粘り強く緩和を続けていって、2パーセントの達成を図るということでありますし、今後とも経済、物価、金融情勢を踏まえ、物価安定に向けたモメンタムを維持するために必要な政策の調整を行いますので、必要があればさらなる緩和も行うということを示しています。

米連邦準備理事会(FRB)、資産縮小決定へ

質問者3:共同通信のツジムラです。2点お願いします。1点目は、アメリカのFRB(米連邦準備理事会)が金融緩和で膨らんだ保有資産を縮小することを決めました。これに対してのご所見と日銀の金融政策に対する影響、例えば、世界的に長期金利が上がって、国内でどうなるかといった影響等々を教えていただければと思います。

もう1点は、毎回聞いているのですが、ETF(上場投資信託)の買い入れについてです。毎回総裁は「リスクプレミアムを下げる」とおっしゃっておりますけれど、足元を見るとかなり株価も上がってきていると。まあ毎回「株価を見ながらやっているわけではない」とおっしゃっているので、それを理解したうえで、よろしければ現状と今後の考え方を教えてください。

黒田:まずFRBの政策運営につきましては、具体的にコメントするのは差し控えたいと思いますけれど、そのうえで申し上げますと、ご承知のとおり昨日のFOMC(連邦公開市場委員会)でFRBはバランスシート正常化プログラムを10月から開始するということを示しております。

従来からそうですし、今後もそうだと思いますけれど、FRBは米国の経済物価動向あるいは世界経済、金融情勢を見極めながら適切な金融政策運営を行ってきましたし、今後とも行っていくものと考えています。

そのうえで、我が国の金利や為替、株などに対してどのような影響があるかということでしょうが、金利につきましては、あくまでも我が国の経済、物価、金融動向に応じて適切なイールドカーブを形成すべく行なっていますので、外国の金利が上がったから(日本の金利を)上げなければいけないとか、ダイレクトに影響が出てくるということはありません。為替や株などの影響については、コメントを差し控えたいと思います。

ETFにつきましては、従来から申し上げているとおり、株価うんぬんではなくて、あくまでもリスクプレミアムに働きかけて、資本市場がより活発に機能して経済の持続的成長、そのもとでの物価安定目標の達成に資するように、全体の金融緩和政策の一環として行なっていますので、株価が上がったから、株価が下がったから、ということでETFについての政策を変えることにはなりません。その点はぜひご理解をいただきたいと思います。

日銀の政策に対する不安をどう捉えるか

質問者4:テレビ朝日のマツモトです。2点お願いいたします。まず物価安定目標の2パーセントについてです。これまでも3つの理由から日銀が物価安定目標2パーセントを掲げていることは重々認識していますが、7月に審議委員を退任された木内(登英)さんは、最近の報道各社のインタビューで「現在の日銀は2パーセント達成の物価至上主義に陥っている」と批判されています。

当然ながら、異次元緩和を長く続けられることは、その分副作用も膨らんでいくわけなので、何が何でも2パーセントにこだわるのではなく、金融緩和の軌道修正を図る道もあると思いますが、いかがでしょうか。

もう1点は、そうした軌道修正を求める声もある中で、今回の片岡氏のように「まだ緩和効果が不十分だ」と逆に背中を押すような意見も出てきたことに不安も感じるのですが、このブレーキ不在の日銀という状況を総裁はどうお考えでしょうか。

黒田:私は前段のご質問については、まったく意見を異にしておりまして、2パーセントの物価安定目標というのは、2013年1月の政策委員会で決定し、それが政府と日本銀行の共同声明にも盛り込まれているわけでありまして、2パーセントの物価安定目標をできるだけ早期に実現するということは、日銀法に定められている物価の安定という日本銀行の重要な目標の実現形態でありますので、2パーセントの物価安定目標を変えるとか、放棄することは適切ではないと思っております。

それから今回の片岡委員の意見につきましては、先ほどご紹介したとおりでありまして、いずれにしても、9名の政策委員の方々が、さまざまな意見を述べられて、活発な議論を行われることは大変けっこうなことであり、これまでもそうでしたし、今後ともそういった議論を踏まえて、多数決によって金融市場調節方針を決定するということでありますので、ご指摘のような不安はまったく感じておりません。

2パーセントの物価安定目標の達成に向けた日銀の方針

質問者5:テレビ東京の大江と申します。よろしくお願いします。現状での金融緩和効果は不十分という声が片岡新委員からもあがったということなんですけれど、2パーセントの物価安定目標を達成するために、現状の金融緩和策で本当に十分なのでしょうか。そういったことも踏まえて、物価上昇をとりまく環境について、黒田総裁の現状の認識を教えてください。

それからもう1点、政府は財政健全化目標を先送りしましたけれど、これが日本経済にあたえる影響をどう考えていらっしゃるでしょうか。

黒田:第1の点につきましては、私自身、あるいは今回の政策委員会でも8人の委員の方が、現在の金融市場の保持について賛成されました。2パーセントの物価上昇率の安定を達成するために、十分だということです。

ただ、政策委員会でも申し上げたように、2パーセントの物価上昇率の安定を達成するという観点から、今後とも経済・物価安定のモメンタムを維持するために必要であれば、政策の調整は行うということでございます。

それから、政府の財政の見通しにつきまして、現時点では、政府の健全化目標については存じておりません。そのため、私から何か具体的に申し上げることは、差し控えたいと思います。

いずれにしても、財政の健全化目標を含めた、具体的な財政運営につきましては、政府・国会の責任において行われるものだと認識しております。以降の金融政策は、経済・物価・金融情勢すべてを勘案して、2パーセントの物価安定の目標に向けたモメンタムを維持・達成されるように運営していくという点は、変わりません。

質問者6:2点質問があります。1点目は、まだ金融緩和の先送りについて検討していないということでした。もし財政規律が緩む動きがあるとしたら、金利を抑えている日銀の副作用なのではという意見があります。これについてはどう思いますか?

2点目は、片岡委員のことです。政権が決めた人事において、初回の会合から反対が起きました。政権と日銀の間に、金融緩和の手法・認識に関して齟齬があるのではと思います。これについてはどう思いますか?

黒田:財政規律の問題は、非常に重要だと思っております。金融情勢のもとで行われる政策は、財政規律に影響が出うるわけですから、非常に関心を持っております。

それから、今回片岡委員が反対票を投じたことについてお答えします。そもそも委員の方は、国会の同意を得て任命されています。その上で、日本銀行法にも書いてありますが、委員会のメンバーはそれぞれ独自の立場で議論・金融政策に参画することになっております。

そのため今回も、何か異常なことが起こっているとは思っていません。それぞれの委員の方が、それぞれの考え方に則って独立の立場で意見を述べ、活発な議論を経て、金融政策を決定するということです。まさに法律の主旨に沿ってこれまで運営されており、今後も変わらないと思っております。

2019年度の経済・物価見通し

質問者7:2点質問があります。1点目は、片岡委員のことです。片岡委員は「現行の金融緩和では、2019年度ごろに2パーセントの物価上昇率を達成するには不十分」だと、反対されました。この「2019年度」という、見通し時期を区切った考え方について、総裁はどうお考えですか?

2点目は、本日の東京市場のことです。FOMCの影響で、円安・ドル高が進行しました。日本経済において、2パーセントの物価上昇率の達成を目指す日銀としては、プラスであると思います。この背景は、やはりイールドカーブ・コントロールにあると思いますが、総裁はどうお考えですか?

黒田:「2019年度ごろに、2パーセントの物価上昇率を達成する可能性が高い」という点については、前回の展望レポート(2017年7月の経済・物価情勢の展望)で示したとおりです。政策委員会の多数の方の支持によって、そのような文言になっています。

また、その資料に添付しているグラフ(「政策委員の経済・物価見通しとリスク評価」の消費者物価指数)にあるとおり、中央値はまさに、2019年度ごろに2パーセント程度に達する見込みです。下振れリスクについても、資料に示されています。

いずれにしても、できるだけ早期に、物価安定の2パーセントを達成するという考えです。「いつになったらそうなるのか」では済まないと思っております。この「2019年度ごろ」という時期は、年に4回発表している展望レポートで、従来から申し上げている予測でございます。

この時期の国内外の金融情勢を踏まえて、この時期に採用している金融政策により、物価安定の2パーセントを達成すると予測しています。

後半のご質問についてお答えします。

イールドカーブ・コントロールに内在しているメカニズムとしていちばん重要なものは、実際に物価が上がっていくと昨年(2016年)5月に「総括的な検証」で示されたとおりです。日本の場合は、フォワード・ルッキング(将来を見越した考え方)ではなくバックワード・ルッキング(現在の情報に基づく考え方)の要素が強いです。

実際の物価上昇率に引きずられて、予想物価上昇率が変動する傾向があります。そうすると、イールドカーブ・コントロールにより、例えば、10年負債の金利を0パーセント程度に操作目標を置いていると、実質金利はさらに低下していきます。

現時点でもマイナスなのですが、さらに実質金利が低下します。このように、金融緩和の効果が強化されていくメカニズムが内包されていると考えております。

しかし、とくに外国の影響がある為替や株は、さまざまな要素で動きます。そのため、何かを前提にして、イールドカーブ・コントロールをしているわけではございません。

北朝鮮情勢が日本にあたえる影響

質問者8:2点質問があります。1点目は、総括的な検証から1年経ちましたが、物価上昇率の達成は遠いということについて。政策を変更したこの1年間を振り返って、総裁の最大の誤算を教えてください。

2点目は、北朝鮮の情勢が日本経済に与える影響について、お考えを聞かせてください。

黒田東彦氏(以下、黒田):昨年(2016年)9月に導入したイールドカーブ・コントロール、長短金利操作付き・量的質的金融緩和につきましては、金融市場に与える影響についてはまさに想定したようなことで、極めて適切なイールドカーブが形成されてきたと。

外国の金利のかなり大きな変動にもかかわらず、我が国のイールドカーブが非常に安定して経済にプラスになるかたちで維持されてきたという意味では、想定どおりになっていると思います。

また、実体経済に対する影響もご案内のとおり、このところ実体経済の回復というか、成長は極めて順調でありまして、6四半期連続のプラス成長であり、内外需のバランスがとれたかたちで成長が続いています。

そうしたもとで、企業収益も最高水準になり、失業率も極めて低い水準に達しているということで、実体経済も私どもが考えていた以上に改善していると思います。

問題は賃金・物価の、とくに物価でありまして、物価の上昇率が依然として生鮮食品を除いたベースでプラス0.5パーセント程度ということですので、2パーセントの目標にはまだまだ遠いという状況にあるということです。

この点につきましては、諸外国も経済が順調に成長し、雇用状況が改善しているわりに、賃金がそれほど上がっていないという状況がよく似ていますけれど、それに加えて我が国の場合は、名目賃金の上昇を価格に転嫁するのに慎重で、むしろ省力化投資で、あるいは夜間営業をやめる等々で、ビジネスモデルを変えて、賃金の上昇が価格の上昇に転嫁されるのを控えるような行動が行われている面もありますので、想定したよりも物価の上昇が遅れがちであるということは事実であります。

ただ、今申し上げた省力化であるとか、ビジネスモデルの見直し等々は、一面で生産性を上げる、潜在成長率を引き上げる、あるいは成長期待を引き上げていくというプラスの面もあるわけです。

ただ、足元で賃金の上昇を価格の上昇に転嫁するという行為が遅れがちになるという面はあると思っています。

ただ、いつまでもそれを続けているわけにもいきませんので、現在のような潜在成長率を上回る成長が続いているという中で、需給ギャップも改善しますし、雇用状況もさらに需給がタイトになっていく中で、賃金・物価が2パーセントに向けて上昇していくと見ておりますけれども、昨年導入した時の期待に比べると、賃金・物価の上昇がやや遅れているということは事実だと思います。

北朝鮮の情勢は、ご承知のように、このところかなり急速にいろんな変化をしているわけですが、金融市場に与える影響については、これまでのところ投資家によるリスク回避の動きが限定的であって、株式市場や為替市場を含めて、金融市場は総じて落ち着いているように見えます。

日本経済についても、現時点では貿易面や企業や家計のマインドに目立った変化はなく、大きな影響は見られないという現状だと思います。

ただ、日本銀行としては、リスク要因の1つとして、地政学的リスクを意識しておりまして、北朝鮮情勢が金融市場や日本経済に与える影響についても、これまでも注意深く点検してきております。

日本銀行としては引き続きこうした点検を続けるとともに、必要な際には適時適切な対応を行っていく方針でございます。

欧米と比べた金融政策の違い

質問者9:2点お伺いします。

1点目は、先ほどの「財政規律は重要だ」というお話に関連して、マーケットに財政規律が緩んだと受け止められてしまった場合に、金融市場にどんな影響が起こりうるのか。そして、それが今の日銀の金融政策に対して、どんな影響・余波を起こす可能性があると見ておられるのでしょうか。

2点目は、アメリカだけでなく、ヨーロッパも金融出口に向かおうとしておりますけれど、世界の主要な経済圏の中で、日本だけ方向性が違ってくるということ自体に、日銀の政策にやりにくさや何らかの影響は出てくるものなのでしょうか。以上、お聞かせください。

黒田:前段の点は、先ほど申し上げたとおり、財政規律というのは最も重要な点でありまして、財政の持続性を確保することによって、社会保障にしても、その他の公共サービスの提供が安定的に行われるために必要なわけですので、当然のことだと思います。

金融市場に対する影響については、さまざまな要因がありますので、具体的にこのようになったらこのように国債の金利が上がるとか、そういうことを具体的に申し上げるのは難しいと思います。

後者の点は、これは別によくあると言ったら失礼なんですけれど、各国の金融政策は各国の経済・物価動向に応じて決まっているわけです。ご承知のように、欧米の経済・物価の動向を見ると、経済が回復し、成長しているという点では日本・米国・欧州とある意味ではよく似ています。

物価上昇率については、1つは米・欧と違って日本の場合、予想物価上昇率が物価安定目標の周りにアンカーされていないということもあり、石油価格の下落等から実際の物価が下がった時に予想物価上昇率自体も下がってしまって、まだ弱めの動きが続いているということがあります。

そういうこともあって、欧米と違って、先ほど申しあげたとおり、生鮮食品を除くところで見て0.5パーセントぐらい、生鮮食品とエネルギーを除くと0パーセントに近いところにあります。

それに対して、欧米の場合は物価上昇率は1パーセント代半ばぐらいのところで動いているわけで、当然のことながら、物価目標という点では日・米・欧とも2パーセントが目標になっているわけですが、米欧の場合は2パーセントの目標にかなり近いところにいますし、予想物価上昇率が物価安定目標の周りによくアンカーされているというところがあります。

とくに米国は、その点が非常に顕著ですので、正常化を始められたのだと思いますけれど、我が国の場合は、まだ物価上昇率は目標からはまだ遠いところにありますので、金融政策・金融緩和の状況が異なってくるのは非常に自然なことであって、何らおかしいこともないし、問題を含むということもないと思います。

日本の予想物価上昇率が上がらない背景

質問者10:2点ございます。1点目は、先ほど米・欧に比べて日本の予想物価上昇率が上がらないとお話しされていますが、とくに物価が上がりにくい背景についてお考えのところがあれば教えてください。

2点目は、国債市場の流動性は活性化していると。市場関係者のアンケートとは少しギャップがあるようだとおっしゃっていました。具体的にどのような指標観点から活性化が見て取れるのか。以上2点をお願いします。

黒田:前段につきましては、さまざまな議論が行われているところでありますが、ご指摘のように、非常に大きなバックグラウンドとして、1998年から2013年頃まで、15年に渡って続いたデフレによって、デフレマインドと言われるものが、企業や家計にかなり強く存在していると。

つまり、企業としては、なかなか景気が良くなった、収益が上がったと言っても、ベースアップをどんどんやるとか、そのようにはなかなかなりにくい。あるいは、価格を引き上げるということに慎重であると。他方、家計のほうも価格の引き上げに対して、強い抵抗を示すという状況が続いてきたということだと思います。

ただ、ここも少しずつ状況が変わってきている面もありまして、企業の方でも、ここまで労働市場がタイトになってきますと、単にパートの人の賃金を上げるだけでは済まなくて、非正規の人を正規化するとか、正規雇用の人材を確保していくといった観点から、賃上げを容認する動きも一部に出てるようです。価格についても一部外食やその他で引き上げの動きも出ています。

他方では、通信料などで引き下げの動きもありますので、いろいろな状況があるとは思いますが、少しずつ企業のほうも、賃金や価格の引き上げについても、一部動きが出ていることは事実だと思います。

労働市場が正規と非正規に大きく分かれているという状況も、非正規の方は賃金が需給に反映してどんどん上がっているのに対して、正規の方はなかなか上がっていかないという状況が続いてきているわけですが、そこにも少し動きも出つつあるようです。そのようなことで、いろいろな状況が重なって、予想物価上昇率がなかなか上がっていかないという状況です。

実際の物価が上がったときに、予想物価上昇率も追いかけるように上がっていくという状況はそう簡単に変わるとは思いませんけれど、そのようなことも含めて、少しづつ変化の兆しは出てきているのかなと思います。

国債市場の流動性の問題については、さまざまな指標がありまして、スタッフに聞いてもらえればいくつかの指標の動きをお示しできると思います。

衆議院の解散総選挙について

質問者11:日経新聞のシミズと申します。よろしくお願いいたします。近いタイミングで、衆議院の解散総選挙が行われる流れが出てきています。

このタイミングでの衆議院の解散・総選挙というのを総裁はどのように見ておられるのか。差し支えのない範囲で教えていただければと思います。

黒田:中央銀行総裁は、政治的な話は差し控えることになっていますので、総選挙云々のお話はコメントを差し控えたいと思います。

ご承知のように、各国もそうですし、我が国の場合もそうですけれど、日本銀行というのは政府から独立した地位にございます。

政策委員会という合議体のもとで政策を議論し、決定していくというシステムになっておりますので、選挙で選ばれた議員が首班を指名して、内閣ができて、そのもとで政策が決定・施行されます。重要な事項については、法律や予算で国会の承認が必要なわけですけれど、そういうものとは少し離れた状況にあります。

逆に言いますと、毎回の政策委員会で政策が議論され、決定されていくものが、常に国民や市場から注視され、テストされていると思っております。

日銀のETF買い入れについて

質問者12:2点あるのですが、(1点目は)ETF(の買い入れ)についてです。非常に重要な政策のパーツであるという認識はあるのですが、これは少しでも減額すると(物価安定目標)2パーセントに向けたモメンタムが傷ついてしまうほど大切なものという理解でよろしいのでしょうか。

2つ目は物価についてです。足元で生鮮食品が相当上がっておりまして、庶民感覚ではデフレどころではなくて、かなりインフレ感も出てきているところもあると思います。体感物価が上昇している局面というのは、金融緩和に少しブレーキをかけたほうがいいようにも思うのですが、総裁のご見解をお聞きしてよろしいでしょうか。

黒田:ETFにつきましては、従来から申し上げているように、リスク・プレミアムに働きかけて、株式市場の活発な取引を通じて、企業の投資やその他経済に対して、プラスの影響を及ぼし、それがひいては物価安定目標の達成に貢献するということであると思います。

もちろん現在の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の最も重要な要素は、「イールドカーブ・コントロール」でありますので、そういったものとまったく同じ程度の重要性があるとは申しません。

しかし、日本銀行としては、2パーセントの物価安定の目標をできるだけ早期に実現するために、現時点では引き続きETFの買い入れも必要な措置であると考えております。

2点目の生鮮食品が上昇しているという点は、私どもも認識しておりますが、生鮮食品を含んだ総合指数でも、相変わらず0パーセント台半ばであると思います。

生鮮食品を除く指標を使っているのは我が国独自のものだと思いますけれど、これは生鮮食品は気候によって非常に大きく価格が変動します。

生鮮食品でないものは、輸入ができますので、我が国の気候だけで、大きく変動するということはないのかもしれませんが、生鮮食品はどうしてもほとんど国内で供給されていますので、天候によって大きく価格が変動するという抵抗があります。

それを除いたところで、物価の動向を見ることにしておりまして、総合指数ももちろん見ておりますけども、傾向を見るためには、やはり生鮮食品を除く物価指数で見ていくのが正しいと思います。エネルギー比較が非常に変動したような際には、エネルギー比較を除いたところで見ていく必要があると思っております。

財政規律を守る重要性

質問者13:2問お願いいたします。

何度か財政規律のお話が出ていますが、基本的に政府の責任であるというのは、当然そうだと思うのですが、どうしても出口のときに、金利が上がってしまうことを避けるためにやめられなくなると、どうしてもそこのところの不安を持つ人が多いと思います。財政規律のゆるみが出口戦略に与える影響をどう考えてらっしゃるかを伺えますでしょうか。

黒田:私どもの出口戦略というのは、あくまでも2パーセントの物価安定目標の達成および維持という観点からしているわけでして、別に国債の債務負担を小さくするといった観点でやっているわけではありません。物価安定目標が達成され、維持される状況になれば、当然出口の議論は行われ、出口が実行されていくということになると思います。

金融市場に与える影響は、あり得るとは思いますが、それがあるからといって、物価安定目標という日本銀行としてもっとも重要な目標を、英語で言う「compromise」するということはあり得ません。

それは日本銀行法でもきちんと書いてあるとおりであり、そういう意味では、当方の出口戦略に何か重大な影響が出てくるというのは考えておりませんが、財政規律は財政規律として非常に重要であると思っております。

質問者13:もう1点、先ほど選挙のお話が出たと思うのですが、実際にアベノミクスが争点の1つになると、金融緩和のことも話題にならざるを得ないというのは、しょうがないことだと思います。

一般の方にとって、金融緩和の効果という面では、総裁から先ほど何度もお話いただいて、つながるところもあると思うのですが、どうしてもみなさんがこだわっているのは出口の話であって、そういうものも含めて、総合的に判断をしたいと思うのが国民の考え方だと思います。

ある種、出口の時期とか、手法とか、そういう市場に影響を与えることを除いて、ある種大枠でも出口というのはどういうものであるかというのを国民に語りかけるという意味で、総裁のお話をいただけないでしょうか。

黒田:出口の問題につきまして、従来から申し上げているのは、出口の際に論点になるのは2つです。1つは、拡大したバランスシートをどのようにするかという問題と、政策金利・単金利をどのように引き上げていくかという2つです。

これは米国の場合でも同じですし、まだ出口に差し掛かっていませんが、日銀にしても同じことだと思います。

ただ、それがたとえば日銀の財務に影響するかとか、金融機関の収益にどう影響するかということは、そのときの経済・物価および金融状況いかんによって、さまざまなことがあり得ますので、具体的なかたちで示すのは難しいと思います。

ご指摘のように、出口でなにか異常なことが起こるようなことはないということは、十分ご説明していきたいと思っております。

質問者14:フジテレビのマツオです。先ほどの財政規律の問題で、国会・政府が施行化を進めていくというようなご指摘がありましたけれども、最近の風潮を見てますと、やはり教育の無償化も含めて、支出がどんどん拡大していくような話がかなり出てきているような感じがします。

一方で、社会保障の見直しなど、削減の議論がなかなか進まないという風潮については、総裁はどのように思っていらっしゃいますでしょうか。

黒田:これは私個人として聞かれたら、いろんなことを申し上げますけども、日本銀行総裁として財政のあり方とか、今も言われたような社会保障の見直しとか、他方での教育無償のお話とか、そのようなことについて、中央銀行総裁として何か申し上げるのはせん越かなと思います。

ご指摘の件については、特別なコメントは差し控えたいと思いますが、財政規律が非常に重要だという点は、政府・国会においても認識されているのではないかと思っております。

質問者2:先ほどから出ている財政規律に関連して、共同声明が4年以上経って、日銀の物価目標もそうなんですけれども、同時に政府が持続的な財政構造の確立を推進するという取り組みないし、規制緩和を含めて十分ではないように映るのですが、その点を総裁はどうお考えでしょうか。

同時に、日銀の金融緩和が財政再建を遅らせているとか、あるいは財政規律のゆるみをもたらしているという批判もありますが、その点も合わせて総裁の考えを教えてください。

黒田:共同声明は現在でも生きていると思っています。その上で、日本銀行として、できる限りの金融緩和を行なってきましたけれども、総括的検証でも述べられているような状況のもとで、とくに石油価格が70パーセント以上下落して、実際の物価上昇率が一時1.5パーセントぐらいまでいったわけですけ。

それが下落して、一時マイナスに落ちるというようなことの中で、物価上昇期待というか、予想物価上昇率もそれに引きずられて下落したということで、その影響がかなりあったということは事実だと思います。そうしたもとで、まだ2パーセントの物価安定目標が達成されていないということは事実であります。

他方、政府の財政についてのコミットメントにつきましては、ご案内のとおり、短期的には必要な景気刺激を行いつつ、中長期的に財政の持続可能性を高めるということであります。

この点は、いろんな経済学者の人に聞かれたほうがいいと思いますけれども、かなり政府は、その線に乗ってやってきたと思います。財政赤字もずっと減ってきていますし、他方で必要に応じて、短期的な景気刺激策もとってきております。

成長戦略につきましても、女性の経済への参画であるとか、その他いろんなところで一定の効果が得られていると思いますが、たしかに構造改革とか、規制緩和の面で、さらに必要な改革が残っていることが事実だと思います。

よく言われている点では、労働市場改革と、社会保障の改革といったことは、まだ必要なものが残っているとは思いますけれども、共同声明自体は今でも有効なものであると思っております。