2種類の経済改革

司会者:テーマは「アベノミクスの論点と日本をとりまく経済環境」です。経済学者で慶應義塾大学教授でいらっしゃいます竹中平蔵さんに、基調講演をお願いしております。竹中先生、よろしくお願いします。

竹中平蔵氏:皆さん、こんにちは。ご紹介いただきました竹中平蔵でございます。楽天金融カンファレンス、大変立派な席にお招きをいただきまして、基調講演という大変艶やかな場で、まとまった時間お話しできますことを大変光栄に思います。

関係者の皆さん、お集まりいただいた皆さんに心から感謝を申し上げる次第でございます。実は、一昨日までの10日間で世界を一周してきまして、最後に立ち寄ったニューヨークが20年ぶりの寒さで、声がこんなことになってしまいました。

お聞き苦しいとは思いますけれども、是非思いきった問題の提起をさせていただきたいと思っております。

2002年から2004年まで金融担当大臣をさせていただいて、不良債権の処理に取り組みました。改革には種類が2つあります。その時に私自身が使った言葉なんですけれども、リアクティブな改革と、プロアクティブな改革です。

リアクティブな改革というのは受け身の改革。不良債権なんてなければいいに決まっているわけですけれども、あるんだから仕方がない。これはやらざるを得ない。

そういう改革がリアクティブであるとすれば、さらに前向きに新しい技術やグローバリゼーションに対応して、どのような改革を進めていけるか。それがプロアクティブな改革ということになるんだと思います。

今日のこのカンファレンスは、まさにプロアクティブに、楽天さんが中心になって金融をデジタルと絡めて推進をしておられると。そのプロアクティブな改革を目指した話が1日行われるということで、あとに控えられておられるスピーカーの方も、野口悠紀雄先生をはじめ、大変立派な方々でいらっしゃいます。

私はその前座として是非、全体的な日本経済のおかれた環境について、問題の提起をさせていただきたいと思います。

郵政民営化から10年

ちなみに、2015年というのは大変意味のある年だと思います。10年前の2005年、皆さん2005年に何があったのか覚えておられますか? 多分もう忘れていると思うのですが、郵政民営化を決めた年です。郵政民営化国会が2005年にありまして、そして10年を経てようやく今年、日本郵政の株式が売り出されるということになりました。

その間残念だったのは、民主党政権の元で非常にまわり道をしてしまって、民間から社長さんを迎えたのにもかかわらず、再び郵政を天下りのポストにしてしまった、ということが行われたわけですけれども。

とにかくまた今の安倍政権で、きちっとした経営者を民間から迎えて、そしてようやく株式が売り出されるようになった。その意味でも、本当にプロアクティブなことをしなければいけない1年なのではないかと思います。

世界経済の定点観測地「ダボス」

今日の私のテーマは、アベノミクスの現状についてお話するということですけれども、世界の中の環境という問題もありますので、最初に先月行われましたダボス会議の様子と、世界の経済の様子を簡単にご紹介したうえでアベノミクスの現状について入っていきたいと思います。

ダボス会議については皆さん、よくご存じだと思います。45年の歴史があります。スイスのダボスという小さな村に、世界の経済リーダーが集まって会議を開く。毎年同じ時期に会議が開かれるものですから、その議論の流れを見ることによって、ある意味世界経済の流れを定点観測できるという、そういう効果があります。

ダボス、チューリッヒから車で2時間ぐらいかかる本当に山の中で、何でこんな不便なところでやっているんだろうといつも思うんですが。

大臣をしていました頃はチューリッヒからヘリコプターを出してくれて、20分ぐらいでダボスに行けたんですが、大臣を辞めたらヘリコプターを出してくれなくなりましたので、こっちもちゃんと2時間、車に乗ってまいりました。

多くのエコノミストが世界経済を楽観視する理由

一言で言うと、今年のダボス会議の雰囲気は、実は非常に楽観的であったというふうに申し上げて良いと思います。日本の新聞報道では、結構危機感を仰ぐ発言が取り上げられました。

フランスのオランド大統領がやってきて、先般のパリのテロについて強い怒りを表明し、団結を呼びかけたのも事実です。IMFのラガルド専務理事が世界的な格差の拡大に警鐘を鳴らした、それも事実です。

しかし、例えば2008年9月にリーマンショックがあったその直後のダボス会議等々に比べると、非常に楽観的であったというふうに私には見えました。その背景にあるのは、世界経済は少なくとも去年から今年にかけて、緩やかな回復過程にあるという、そういう認識があるからだと思います。

IMFの経済見通しによりますと、昨年の世界全体の経済成長率は3.3%。それが今年は3.5%。わずかだけれども成長率が高まりました。人々の安心感の大きなよりどころになっているのは、その中心が世界を引っ張っているのがアメリカ経済であるということだと思います。

2008年のリーマンショック以降、アメリカ経済はいろんな問題を露呈しましたけれども、ようやくバランスシート調整も終えて、アメリカ経済は去年の2%成長のレベルから、今年は3%成長のレベルに達するというふうに多くのエコノミストが予測をしています。

日本はどうでしょうか? 日本は昨年4月の消費税の引き上げによって、2期連続マイナス成長になったわけですけれども、さすがに2015年度は回復する。これは暦年ベースではなくて、年度ベースの政府経済見通しですけれども、2014年マイナス0.5%から2015年度、プラス1.5%に比例成長率が高まる。

日銀はもっと強気に、2%程度に成長率が高まるというふうにみているようであります。アメリカドルとなって、日本がマイナスからプラスになる。中国政府の経済成長率はやや下がるかもしれない。去年の7.4%から、今年は7.0%成長時代になるかもしれませんが、ほぼ横ばいである。

アメリカのアダム・ポーゼンという有名なエコノミストがいますけれども、彼は「アメリカ経済が良くなり、日本はプラス成長に戻って、中国は横ばいである。それでどうして世界経済が悪い、悲観的になれるのだろうか?」と、楽観的な見方には根拠があるというような言い方を示している。

2015年の世界経済における不安要素

しかし言うまでもありませんが、これは基本シナリオであって、基本シナリオには必ず留保条件というのが付きます。いくつかのリスクファクターがある。そして、リスクファクターを数えあげれば、実は今年ほどリスクファクターがたくさん見られる年もないと言ってよいほど、そのリスクの要因があると思います。

イスラム国の話、日本は早々にその犠牲となりました。そしてウクライナの話、原油価格が大幅に下がったことによって、ロシアの経済が非常に危機的な状況を迎えている。

ロシアは今、サウジアラビアと並ぶ原油産出国になっています。そこで原油の値段が下がる。ロシアの財政収入の半分は、何らかの形でこの原油と結びついていると。そこで去年、ロシアの通貨であるルーブルが4割も低下をしました。

為替が安くなることによって、国内の物価が上昇する懸念があると。インフレを抑えるために金利を上げなければいけなくなった。その金利の上昇は、政策金利です。日本でいう公定歩合をイメージすればいいわけですけれども、去年の中盤になんと10%から17%にまで引き上げたと。

10%の金利も想像しがたいですけれども、17%、16%という金利、ますます想像しがたいですね。今、そういう状況になっているわけで、これもリスク要因と言えるでしょう。

アメリカの金融緩和終了による弊害

先ほど、「アメリカの経済は比較的好調である」というふうに申し上げましたが、アメリカにもリスク要因があります。それは、リーマンショック以降続けてきた金融の量的緩和を止めるということが去年の秋に決まって、それにより今年どこかで金利の上昇が始まるだろうというふうに考えられるわけです。

この金利の上昇は―これは金融の正常化のためには、出口戦略として必要なプロセスではありますけれども―そのタイミングを失する、もしくはそのペースを誤ると、やはりリスクファクターになり得る。

何よりも、アメリカの金利が変化するということは、ドル立て資産の利回りが変化するということを意味していますから、ドルに対する需給が変わって、為替レートが世界的にかなり大幅に変化して、発展途上国の一部に大きな問題が出るのではないかというような懸念もあることはあるのです。

以上、挙げるときりがありません。基本シナリオは悪くないんだけれども、リスクファクターに大変目配りをしながら経済を考えなければいけない。そういう年である。そういう経済の状況に置かれているということなのではないかと思っております。