オンライン決済が浸透しなかった理由

関口和一氏(以下、関口):ではビットコインの話はこれぐらいにしまして、次のトピックに移りたいと思います。PayPalについての話です。ベンチャー企業をどうやったら生み出せるのかという話題に移りたいと思います。

ではピーターさん、少しご説明いただけますか? なぜPayPalを始めたんでしょうか? というのは、そもそも起業する前は弁護士さんだったんですよね? それはずいぶんと大きな変化ですよね。ですので、なぜそんな新しい会社を起ち上げようと思ったのか。そしてPayPalをeBayに売ったわけですけれども、その辺りもふくめて。

ピーター・ティール(以下、ピーター):そうですね。ニューヨークで弁護士と、それからクレディ・スイスのトレーダーもやっていました。ですので、どうすれば新しい通貨や新しい決済システムを作ることができるのか? ということを、よく考えていました。

サイバーセキュリティや暗号化、ファイナンス等といったところに、ずいぶんとPayPalでも着目していました。1998年の段階で、既に多くの企業が挑戦していたけれども、上手くはいかなかった。サイバーキャッシュやデジキャッシュ、そういったところが初期のオンライン決済の会社として存在していました。

なぜ上手くいかなかったのか? どこが上手くいかなかったのか? を注意深く分析した中で、とても重要な点を1つ理解しました。新しい決済システムというのは、ネットワーク効果があるんです。円やドルは他の人たちが使っている通貨です。つまり、決済システムであっても、ネットワーク効果が作用するビジネスなんです。

ユーザーの獲得は1000万人目よりも、1人目のほうが難しい

ピーター:例えば1960年代のVISAとかMasterCardを使い始めた頃は、事業者がそれを避けるから消費者も持っていない状態でした。事業者が受けてくれないから、消費者も使わないんです。状況としては「ニワトリと卵」だったんです。新しい技術の採用というのは、そういうものです。

ですからPayPalはそこに目を向けました。どうやったら、この「ニワトリと卵」の問題を解決できるのか。とにかく、1番最初の人が新たな仕組みを使うためにはどうしたらいいのか、ということを考えたんです。

言ってみれば、1,000万人目というのはさほど難しくないんです。1人目に使ってもらうのが難しいのです。それで結局、お金とeメールを結びつけました。それこそeメールを使っている人は何億人といるわけですから、それと支払い、決済をくっつけていけば、もう活用できるのではないかと考えたわけなんです。

PayPal売却の理由

関口:では何故、会社をeBayに売ったんですか? しかも上手くいっていましたよね?

ピーター:そうですね。確かに会社を売却するということは、ある意味では悲しいことです。もし売らなかったら、孤立したビジネスだったらば、どうなっていただろうかと考えざるを得ませんが、PayPalのソリューションは、eBayに上手く機能しました。

eBayのバイヤーにとっても、セラーにしても。eBay自体が急成長を遂げていましたし。ですから2002年の段階でPayPalを買ったわけなんですけれども、PayPalの支払いボリュームの75%はeBayでした。店舗があって、PayPalという別会社があって、このキャッシュレジスターは、そこが運営していました。

そのような状況から見て、M&Aが合理的だったわけです。この2つを1つにすることによって、かなり効率的になったわけなんです。eBayになってから、ずいぶんと成長しました。

また2008年以降は状況も変わり、今は75%がeBay以外の支払いで使われております。ですので、PayPalをまたスピンオフしていくということについて合理的になってきたわけなんです。

現代の起業家が目指しているもの

三木谷浩史氏(以下、三木谷):ですから、それをeBayが考えているわけです。起業家の目指しているものが変わってきたと思うんです。昔は株式を公開したいと思っていたものが、今は大手企業に売却するということを目指しています。

例えばシリコンバレーの企業にしてもそうです。eBay、Yahoo等々といったところが、アクティビストに対して苦戦をしているじゃないですか。ですので、ほとんどの起業家が目指しているのは、会社の売却だと思うんです。

つまり株式を公開するのではなくて、会社の売却です。そして買収されることを祝うわけです。それは賢い選択だと思います。ピーターさんも言っていましたけれども、FacebookやスペースXといったところに投資してきた。これはライフスタイルの問題でもあると思うんです。

たぶん日本の起業家の何が問題かというと、ちょっと頑固なんじゃないでしょうか? 小さな時価総額でも公開しようとするんです。日本の産業界自体の問題かもしれません。売却はしたくない、何とか維持したいと。ですので、いろいろな業界に目を向けても、ブランドが多いという事情もあるわけです。

関口:日本経済新聞でも取り上げるような話題かもしれませんね(笑)。とはいえ、大手企業がそういった新しい起業会社を買収することを考えると、それこそ楽天さんなんか、買う側ですよね?

三木谷:それをやってきましたが、ちょっと買い過ぎたかもしれません(笑)。

金融市場に期待されるグローバルな展開

関口:でもどうでしょうか? この金融サービスを、今後どう広げていきますか? eコマースでだいぶ成功されましたよね? 流通システムというところでは成功されてきて、もともとご自身のキャリアも銀行から入っていらっしゃるわけですが、この金融部門は、どう伸ばしていきますか?

三木谷:日本の金融業、私たちは非常に上手くいっています。売り上げの50%が金融サービスですから。この金融ビジネスとビッグデータの両方を使えることが、大きなアドバンテージだと思います。

あとはいかにこの成功を、他の市場で横展開できるかということだと思っています。成長を続ける、あるいは成長を加速するということを、日本国内で行うと同時にやっていきます。

ですから課題としてはやはり、グローバルなビジネスのほうかな? というふうに感じます。クレジットカードをアメリカ、台湾でも発行し始めました。ただ国をまたがるサービスになりますので、決済以外の金融ビジネスの課題としてはグローバルなビジネスを確立することだと思います。

今後の金融市場の展開

関口:三木谷さんはJANE、新経済連盟というのを新たに起ち上げられましたよね。日本においても金融業界を変えようとしているわけですが、一体どの部分を変えようとしていらっしゃるんですか?

三木谷:(笑)。難しい質問ですね。もう既に変化は始まっているんじゃないでしょうか? 多くの人たちが、株式取引などをインターネット上で行っていらっしゃる。もう90%を超えてきているんじゃないですか? インターネットを使って送金をしたり。

でも私たちに遅れていることがあるとすれば、すなわちチャンスとしてまだ掘り下げていないのが、タッチレス決済じゃないかと思います。

日本、そして日本の企業は、このビジネスにおいても世界的なリーダーになるべきですが、どうしても日本型のガラパゴス的な仕様があって、チップにしてもプロトコルにしても、日本市場の中に閉じ込められてしまう。これは悲しいことです。

破壊は必ずしも成功へとつながらない

ピーター:キーワードとして私が常に疑っているのが、ディスラプションという言葉です。普通、破壊的な生徒というのは、校長先生の部屋に呼ばれて、怒られるわけです。

でも今はこれを、ポジティブな意味で使用している。テクノロジーに関しては、ビジネスにとってのディスラプティブなものとか、あるいは古い企業に対する脅威であるとか。この考え方をするのは、実はベンチャー企業として持つべきマインドセットではないと思います。

古い会社を壊すのではなく、価値のある会社を作ろうと思うべきです。音楽業界のNapsterは、もともと音楽業界を壊そうとしていました。Napsterは音楽業界を大きく破壊し、ある意味成功しました。しかしビジネスとして成功したわけではありません。

ですから、「既存の企業にとって最も価値があり、壊せるものは何か?」と考えてはいけないと思います。そうではなく、まだ十分に注目されていない問題に注目して、そこから始める。そのほうがずっと健全だと思うのです。

『ZERO to ONE』で伝えたかった起業家の使命

関口:そこでちょっと質問したいんですけれども、ピーター氏は『ZERO to ONE』という本をお書きになりましたね? 「1からn」ではなく「0から1」という意味の本だったんですが、この本の中で何を伝えたかったんでしょうか?

ピーター:いろいろなことを学んできて、ビジネスや様々な形態を全て盛り込もうとしたんです。「1からn」というのはコピーをすること、「0から1」というのは、新しいことをするという意味です。

「1から100」に行けば、タイプライターからワードプロセッサーが生まれます。しかし「0から1」というのは、もっと何もないところからイノベーションを起こすということです。ですからもっとそうした、「0から1」の企業を見たいなと思います。

こうした企業にとって1番価値のある部分はどこかというと、世界でたった1人でも何か新しいことをしたら、それで独占ができるわけです。独占というのはよくないワードだから、そんな話はしたくないと思われる方もいるかもしれません。しかし起業するのであれば、やはり目標はそこでしょう。

より成功するテクノロジーの企業は、そこに価値があります。例えば投資家や創業時の社員は、何らかの形で独占を求めます。Googleなんていうのは良い例だと思います。まさにこれが、アメリカにおける縮図と言えるでしょう。2002年以来、インターネット検索において競合はありません。ほぼ独占です。

政府の規制当局はナーバスになりますが、でもそれが現実です。それが会社の成功を決めるのです。ですからそうしたことは常に、人々が十分に問うていない疑問だと、私は思っているわけです。ひと言で表現するとすれば、「競争しようと思うのではなく、誰もやっていないことをやれ」となるのではないでしょうか。

「いい独占」と「悪い独占」

関口:私も拝読させていただきましたが、非常におもしろい本ですよね。ある意味、これまで正しいと思ってきた考え方に、挑戦していらっしゃいます。競争はいいもので、独占はよくないものだとみんな思っていました。しかし、独占がいいとおっしゃっている。そしてグローバル化はよくないとおっしゃっていますね。

ピーター:独占にはいい面も悪い面もあります。例えば、反トラスト法ですね。でも特許や著作権がありますし、何かダイナミックで新しいことをやろうと思っている以上はいいんです。

ただ、独占が静的なものになってしまうと、あとは税金を取ろうというふうに思ってしまいます。例えばケーブルに関して、アメリカにおいては郵便局なんかも悪い独占の例だと思います。

でもAppleがiPhoneを開発した時は、それが初めての機能的なスマホだったわけで、かなりの間、独占をしていました。しかしそれによって、故意の希少性が生まれることはありませんでした。Apple以外に上手く機能するスマホがなかったからです。

ですから、たくさんのことや多くの方法を生むことが、希少性を生み出すのではないということを考えれば、社会におけるいい独占、それから悪い独占というのがわかるんじゃないでしょうか?

競争ではなく価値を提供したい

関口:三木谷さんはどう思われますか? 本を読まれてどう思われましたか?

三木谷:そうですね。楽天のミッション、それから野心というのは、「ローカルな経済に力を与える」、そして「中小企業に力を与える」ということでした。ビジネスを取り上げるということでは決してないわけです。これはとても重要なステートメントだと思います。

外のユーザーや社員にとっても重要です。つまり私たちはゲームを売るですとか、価値を提供しているのであって、既存のビジネスを奪おうとしているのではないということです。これは戦略という意味だけではなく、継続可能な組織の管理ということで、非常に重要だと思います。

例えばAmazonを見ますと、既存の小売店と競争しようとしている。彼らは消費者と小売の間にある、人的要素を排除しようとしているわけです。

ですから私たちは決して、破壊をしているのではないと。既存のプレーヤーと、非常に厳しい競争をしているということではないわけです。そうではなくて、価値を提供しようとしているわけです。

社会に役立たない企業は「寄生虫」と言われる

関口:ビジネスの観点から言うと、こういった独占、支配をするというのは利益が上がりますのでいいわけですが。その支配をしようとするモノポリストと言うと、やはりポピュラーではありませんよね。

AT&TやMicrosoftもそうしようとしましたが、AT&Tはそれによって分割されたわけです。Googleも今、同じような状況ですよね。ひょっとすると将来、Appleもそうなるかもしれません。

ピーター:常にそういった疑問はあるわけです。つまり三木谷さんが言ったポイントは、とてもいいポイントだと思います。私たちは常にこの疑問を投げかけなければならない。つまり、「会社は会社のためだけに行動してはいけない」ということを確実にしていかなければいけない。

つまり消費者、または社会のためになっているかということです。そうでなくなったら人々はそうした企業を、「寄生虫」であるとか「他の企業を利用しているだけだ」という感想を持ちますので、より淘汰されるということになるわけです。

ですから常に重要なのは、そういった会社のミッションや目的を考えるということだと思います。こういった重要な問題は解決しなければいけないし、それを失ってしまうのは問題でしょう。政府の規制当局というのは、これを必ずしも理解していないと思います。

1970年代後半のIBMやMicrosoftはそういったモノポリーということを考えて、ハードウェアからソフトウェアに移行しました。それがMicrosoftに関しては、デスクトップからインターネットへ1990年代移行したのです。こういったことでMicrosoftやIBMというのは問題に直面してしまったわけです。

というのは、彼らはとてもゼロサムな会社であるというふうに見られてしまったことで、不必要な緊張感を与えてしまったとのだと思います。Appleは比較的安全だと思います。つまりSamsungですとかシャオメイ、そういったところとこれからも競争するからです。

ただ会社として、政府が例えばアメリカでそれを閉鎖しようというようなことはないでしょう。つまり、ゼロサム的な感じはAppleにはないからです。

関口:三木谷さんはこれについて、何かコメントがありますか?

三木谷:いくつかの主要な、支配的プレーヤーというのがインターネット業界にはいるわけです。私たちはそういったパワーについては、少しナーバスになっています。

ただ彼らが公正なチャージをしているかどうかは見ていますし、その他のインターネットビジネスが持続できるかどうか、1社だけが大きな利益を生まないように、ということは考えています。