Amazon株保有の背景と破壊的イノベーションの視点

岡元兵八郎氏(以下、岡元):運用戦略の中でAmazon株を保有されていますね。破壊的イノベーションの観点で、その投資理由を教えてください。

キャシー・ウッド氏(以下、ウッド):Amazonは、私たちが保有する銘柄の中で上位10位には入っていませんが、確かに保有しています。Amazonを含むテック大手6社、「マグニフィセント・シックス」は、現在のテクノロジー主導の世界を形づくってきました。彼らは驚異的な成功を収め、市場でもごく少数の銘柄に資金が極端に集中している状況が続いています。

実際、この集中を示すゴールドマン・サックスのチャートもあります。米国市場がこれほど偏った構造になったのは、大恐慌以来とも言われています。これは株式市場においても投資家が慎重になり、バランスシートに潤沢な現金を抱え、安定したキャッシュフローを求めていることの表れです。

これらの巨大企業は、現在の経済環境を築いた一方で、私たちが注目しているのはその構造を揺るがす側のテクノロジー、すなわち破壊的イノベーションです。

Amazonについては、特に小売部門において課題を感じていました。というのも、生成AIの進化によって、今後は誰もが「パーソナルショッピングエージェント(買い物AI)」を持つ時代になると見ているからです。

そうしたAIエージェントは、私たちのように「とりあえずAmazonで探す」といった行動は取りません。代わりに、世界中のECサイトから価格や品揃え、サービスの質、配送スピードなどを総合的に比較し、最も条件の良い選択肢を見つけ出します。その結果として、Amazonが選ばれない可能性も十分にあるのです。

私たちもそれを懸念していましたが、直近の決算説明会で少し安心しました。Amazonは初めて「価格体系を見直し、業界平均より14%低くなっている」と明言したのです。

これによって、AIエージェントが「Amazonで最もお得な買い物ができる」と判断するケースは増えるでしょう。ただし、TemuやSheinのような新興勢力も市場を席巻し始めており、Amazonにとっては大きな脅威です。

一方で、Amazonが圧倒的な競争力を持つのが「Amazon Web Services(AWS)」です。現在、同社のキャッシュフローの60パーセント以上を占めており、企業価値全体の中でも非常に大きな割合を占めています。

『Big Ideas』レポートでも示しているとおり、今後テクノロジースタックの価値構造は、Webアプリケーションからインフラ基盤(クラウドなど)へと移行していくと私たちは予想しています。

私たちが言う「テクノロジースタック」は、大きく3つの層から成り立っています。1つ目がインフラ層で、クラウドサービスや「NVIDIA」、「AWS」などが含まれます。2つ目はプラットフォーム層で、例えば「Palantir」や「GitLab」など。特に「Palantir」はこの領域で最も重要な存在だと考えています。そして3つ目がアプリケーション層です。

特に、SaaS(Software as a Service)は「万人向けの画一的なサービス」であるため、今後は柔軟性の高いIaaS(Infrastructure as a Service)やPaaS(Platform as a Service)にシェアを奪われていくと見ています。

インフラ層のシェアは大きく変わらないものの、PaaSは著しく成長し、SaaSは相対的にシェアを落とすでしょう。「Salesforce」や「ServiceNow」などは、市場統合の中で存在感を維持するかもしれませんが、構造変化は避けられないと見ています。

この背景には、エンジニアの生産性向上があります。コーディングの分野ではすでに2倍以上の生産性向上が見られており、今後も生成AIによってその傾向は加速するでしょう。企業はより自社に特化したSaaSを内製する方向に動くと考えられます。

したがって、私たちはPaaSが次の勝者になると確信しており、その中心にいるのが「Palantir」です。

一方で、そのPaaSを支えるインフラも不可欠であり、それを担うのがAWSです。AmazonはNVIDIAと競合するかたちで、自社チップ「Graviton」と「Inferentia」も開発・統合し、インフラスタック全体への関与を深めています。

AWSは最初に商業クラウドサービスを始めた企業であり、現在でも最大規模を誇ります。もちろん、MicrosoftのAzureやGoogle Cloudとの競争は激化していますが、生成AIが進化し続ける限り、データセンターやクラウドサービスの需要は今後も拡大すると見ています。

AI革命の持続性と世界的な競争

岡元:2022年末のChatGPTの登場以来、AIのインパクトは1994年のNetscapeブラウザと、その後のインターネット革命に匹敵すると言われています。インターネットバブルが2000年にピークを迎えるまでに約5年かかりましたが、AIサイクルはまだ始まって2年ほど。この文脈で、AIが株式市場の主要テーマであり続ける期間をどう見ていますか?

ウッド:まだ始まったばかりで、AIには長い成長余地があると私たちは見ています。当初は「大規模言語モデル(LLM)はいずれ限界を迎える」「データが足りなくなる」といった声もありましたが、これはまったくの誤解です。

インターネット上の情報は、存在する全データのほんの一部にすぎません。企業や政府の内部にはまだ膨大な“未開放のデータ”が眠っており、そこにこそ大きな可能性があります。

「Palantir」のような企業が重要視される理由もそこにあります。世界中の組織が、自ら保有するデータの存在すら把握していないケースも多く、これまで使われていなかったデータが今後AIによって活用されていくのです。

例えば、オックスフォード大学には1600年代の文書が残されており、AIにはそうした過去の知識もトレーニング素材になり得ます。「ChatGPT」が登場した当初は、インターネット上の“取りやすい情報”が中心でしたが、今後はより深く、広い範囲にわたるデータが活用されていくでしょう。

また、リアルタイムで日々蓄積されているデータ─、例えば自動運転に関する運転データのようなものも重要です。テクノロジーはかつてないスピードで進化しており、AGI(汎用人工知能)が2026年や2027年にも登場すると見る専門家もいます。

イーロン・マスク氏も「私たちはほぼその域に達している」と述べています。私たちは、もし人類がこれらの技術を正しく使いこなせば、AIを“超人的な知性”として活用し、創造性をさらに解放できると考えています。

また、米中間の競争も熾烈になってきました。例えば中国の「DeepSeek R1」は、わずか600万ドルのコストで、高性能なワークステーション上でモデルを訓練したと話題になりました。ただ、実際には親会社が所有する5万台規模のGPUクラスターによる事前トレーニングがあった可能性が高いです。

興味深いのは、彼らがこのモデルをオープンソース化したことです。調査の中で分かったのですが、中国では少なくとも10年以上前からオープンソース文化が根付いており、これは米国のソフトウェア企業が知的財産保護の観点から中国市場への供給を控えたことがきっかけになっています。

中国では、既存の大規模言語モデルをベースに、それを改良するかたちで独自のアルゴリズムを構築するという手法が一般化しています。現在、これは中国だけでなく、世界中で行われている標準的な手法です。

米国と中国が技術面で競争を繰り広げることは、双方にとっての進化を促す良い刺激になります。そしてこの競争があるからこそ、イノベーションはこれまで以上のスピードで進化していくと確信しています。