トヨタグループビジョン説明会
豊田章男氏(以下、豊田):トヨタ自動車代表取締役会長の豊田です。本日はご多用の中、ご足労いただき誠にありがとうございます。
先ほど、私たちの原点とも言えるトヨタ産業技術記念館にトヨタグループ17社の会長、社長、現場のリーダーが出席し、トヨタグループの進むべき方向を示したビジョンと心構えを全員で共有しましたので、みなさまにご報告します。
最初に、トヨタグループの歴史について少しお話しします。お見せしているのは、1895年の豊田商店設立に始まるトヨタグループの系譜図です。
豊田佐吉は苦労する母親を少しでも楽にさせたい一心で、1890年に「豊田式木製人力織機」を発明します。私は、誰かを思い、学び、技を磨き、モノをつくり、人を笑顔にするという発明への情熱と姿勢こそがトヨタグループの原点だと思っています。その後、豊田紡織・豊田自動織機製作所の設立へとつながり、系譜図は縦に伸びていきます。
1930年代に入ると、豊田喜一郎が立ち上がります。当時の日本の工業は、技術水準において欧米に大きな後れを取っていました。「ただ自動車をつくるのではない。日本人の頭と腕で、日本に自動車工業をつくらねばならない」という一心で、喜一郎はこの国の産業のモデルチェンジに挑んだのです。部品、鉄、ゴム、電子といった多くの会社がトヨタと歩み始めます。
さらに、独自の個性や強みを持つ会社との提携が進み、トヨタグループの系譜図は横に広がっていきます。縦の系譜は未来を切り開くぶれない意志により、横の系譜は志を同じくする仲間「同志」とともに、進化し続けます。私たちはこれまで、先人たちが紡いでくれたこの縦糸と横糸で織り成された自動車産業の中で生きてきたと言えます。
しかし、自動車産業が発展し、グループ各社が成功体験を重ねていく中で、大切にすべき価値観や物事の優先順位を見失うという状況が発生してきました。最初にその事態に直面したのが、他でもないトヨタ自動車でした。
「もっといいクルマをつくる」ことよりも台数や収益を優先し、規模の拡大に邁進した結果、リーマン・ショックにより創業以来、初めての赤字に転落したのです。それにより、自動車産業を支える多くの方々にご迷惑をおかけすることとなりました。
さらには、世界規模でのリコール問題により、もっとも大切なお客さまの信頼を失うことにもなりました。
私は、この時トヨタ自動車は一度潰れたのだと思っています。そこから、私自身のすべてをかけて、仲間とともにようやく「クルマ屋」と言えるところまで立て直してきました。
しかし、創業の原点を見失っていたのは、トヨタ自動車だけではありませんでした。今、グループ各社にも当時のトヨタ自動車と同じことが起きていると思っています。
2009年のリコール問題の時、私はトヨタ自動車の責任者として、現在・過去・未来、すべての責任を背負う覚悟を決めました。あれから14年が経ち、トヨタグループ全体の責任者は私だと思っています。今、私がすべきことは、グループが進むべき方向を示し、次世代が迷った時に立ち戻る場所をつくること、すなわちグループとしてのビジョンを掲げることだと考えました。
トヨタグループの原点は、多くの人を幸せにするためにもっと良いものをつくること、すなわち発明です。
「次の道を発明しよう」というビジョンのもと、一人ひとりが自分の中にある発明の心と向き合い、誰かを思い、技を磨き、正しいモノづくりを重ねること、そして、お互いに「ありがとう」と言い合える風土を築き、未来に必要とされるトヨタグループになることを、本日私たちの原点とも言える、このトヨタ産業技術記念館で誓い合いました。私自身が責任者としてグループの変革をリードしていきますので、みなさま、ご支援をお願いします。
最後に、日野自動車、ダイハツ工業、豊田自動織機の相次ぐ不正により、お客さまをはじめステークホルダーのみなさまにご迷惑とご心配をおかけしていることを深くお詫びします。
当初、グループビジョンは豊田佐吉の誕生日である2月14日に共有する予定でしたが、昨今のグループ会社の状況を踏まえて前倒しし、メディアのみなさまにも発表することにしました。本日は、グループビジョンをベースにみなさまからのご質問にお答えできればと考えています。
質疑応答:グループ各社幹部のビジョンへの反応について
質問者:会見に先立ってグループ各社の幹部に対して今回のビジョンをご説明されたとのことでした。グループで不正が相次ぐ中で、各社の幹部は今回のビジョンをどのように受け止められていますか? 説明会でのやりとりや印象を教えてください。
豊田:トヨタグループを統括する会社はないのですが、ガバナンスは「統治・支配・管理」を意味する言葉だと私は理解しています。企業におけるガバナンスとは、健全な企業経営を行うための管理体制をつくることです。
私はトヨタで、主権を現場に戻し、どのような立場・出身であっても経営に参加できるようにしてきました。これが私流のガバナンスだったと思います。かっこいい言い方をすれば、「もっといいクルマをつくろう」という単純なビジョンに基づき、現場が自ら考え、動くことのできる企業風土をつくったのです。
そして、いわばビジョンドリブンの経営であり、現場経営、商品経営であると言えます。ガバナンスの語源を調べると、「船の舵をとる、導く」という意味があり、これは「統治・支配・管理」というよりは、私が実行してきたものに近いのではないのかと思います。
それができた理由として、トヨタの現場には思想、技、所作がありました。そして、先ほどもお伝えしたように、「もっといいクルマをつくろう」という単純なビジョンがありました。そして何よりも、私が現在・過去・未来における責任者になることで、トヨタの中で主権を現場に戻すというガバナンスができたのだと思います。
「企業の衰退の5段階」というものがあります。今回、私自身がトヨタグループの責任者になると表明することによって、現場が自ら考え、動くことができる企業風土の構築に向けて一歩踏み出したいと、グループトップや現場のリーダーの方々に話しました。
そして、一方通行の話ではなく、現場の人を中心にいろいろな方からも質問を受けながら、「私の考えはこうですよ」という情報交換の場を持ちました。最初は、私から相当強い言葉で言われるのではないかと思って会場に来た方が多かったと思うのですが、そちらに関しては期待を裏切り、「このような状況をつくると誰でも声を発することができるんだよ」ということに共感してもらえたのではないかと思っています。
質疑応答:今回の不正への考え方について
質問者:先ほど「もっといいクルマをつくろう」とお話しいただきました。「幸せの量産」というのは、会長がトヨタのトップになってから変わらず旗印として掲げてきたことですが、足元ではグループの不正が相次いでいます。グループ全体の責任者は会長ご自身だとご説明がありましたが、会長として、今回の不正はどのように受け止めていますか?
また、なぜトヨタグループでは、不正が相次いで出てきてしまったのか、この原因をどのように考えられているか教えてください。
豊田:まず、不正とは「やってはいけないことをやった」ということだと思います。その「やってはいけないこと」として、日野自動車、ダイハツ工業、豊田自動織機に共通して言えるのは、認証制度に対する不正です。
第三者委員会のレポートすべてに目を通そうとしたのですが、いろいろな事情があり、私自身は全部に目を通していません。ただし、全部に目を通した人に解説をしてもらいました。その内容から考えると、日野自動車、ダイハツ工業、豊田自動織機において認証試験で不正があったということです。
日本国内における認証試験とは、安全と環境の分野において、ルールに沿った測り方で決められた基準を達成しているかを確認する制度です。認証試験で基準を達成できなければ、車を生産・販売することはできず、その車を量産することはできません。
そのような中で、認証で不正をしながら量産してしまったというのが、今回起こったことです。日野自動車、ダイハツ工業、豊田自動織機は、認証で不正をしているため、本来は生産・販売してはいけない商品をお客さまに届けてしまいました。
これは本当に、絶対にしてはいけないことをしてしまったのです。認証制度があるからこそ、お客さまは安心して車に乗ることができます。認証制度において不正を働くということは、お客さまの信頼を裏切り、認証制度の根底を揺るがす極めて重い行為だと受け止めています。グループ責任者としてお詫びします。
また、お客さまから信頼を取り戻すには時間がかかると思います。そのため、まずは私が責任者となります。トヨタ自動車では14年間社長という立場だったため、その立場と自らの覚悟で決断し、責任を取れました。
今度のグループの責任者は、トップではありません。ただし、グループの中でも最初に信頼を失ったのはトヨタ自動車ですので、その経験やトヨタ自動車を「クルマ屋」に戻してきた実績は、今のトヨタグループのトップの相談相手として、頼りになるのではないかと思っています。トヨタ自動車の時よりも時間がかかるかもしれませんし、あるいはもう少し短い時間かもしれません。
今回の3社に共通して起こったことについては、再発防止のための原因追究をすることになります。その原因が1つであればソリューションは非常に簡単ですが、いろいろなことが重なって起きた現象だと思います。
私が社長を辞めてちょうど1年です。社長を辞めた変化点でこのような問題が多々出てきたことは、ある面では良いことだとも思いました。私自身は会長になり、現執行役員や各社に対しても、多少の遠慮を持って微妙な距離感を保っていました。しかし、この度は責任者として、もう一度、トヨタグループやトヨタ自動車を見ていきたいと思っています。
決して屋上屋を架すつもりはありませんし、自分がもう1回出張っていこうという気持ちもありません。
主権を現場に戻したという実績を活用し、不正を起こした3社とトヨタグループのビジョンに基づく第一歩につなげていきたいと思っています。
質疑応答:トヨタ産業技術記念館を選んだ理由について
質問者:トヨタ産業技術記念館はトヨタグループの発祥の地で、もっとも大切な場所の1つだと思います。
一方で、今、ダイハツ工業や豊田自動織機の不正が相次いで発覚し、トヨタグループ全体のモノづくりの姿勢に、ある意味で世間から厳しい目が向けられている状況です。
今日、会長がこの場所とタイミングで新しいビジョンを発表しようと考えた理由と、そこに込めた思いを教えてください。
豊田:グループの問題のため、どこかの会社の本社ではダメだと考えました。
そして、それぞれが等距離でみんなが共通の場だと思える場所で、私が考えついたのはこのトヨタ産業技術記念館でした。それ以外にはあまり深くは考えていません。
また、以前ここでよくトヨタグループの幹部が集まり、いろいろな場面を過ごしてきた記憶があります。そのような意味でも再出発の場所として良いのではないかと考え、この場所を選びました。
当初は2月14日に開催する予定でしたが、このようにいろいろな問題が出てきています。また、正直なところ、昨日の豊田自動織機の会見を待ちました。待ってから、速やかに開催するとなると今日以外ありませんでした。そのため、本日の開催を設定しました。
質疑応答:ビジョンのポイントについて
質問者:トヨタ自動車は古くから豊田綱領を持っており、その他にもトヨタとしての基本理念や、最近では「トヨタウェイ2020」と、歴史や伝統とともにさまざまな指針を掲げてきたと思います。
今回の「次の道を発明しよう」という新しいビジョンで、過去のいろいろな指針と共通するところや、新たに変更・発展させた部分など、強調したい部分があれば教えてください。
豊田:私は「次の道を発明する」というビジョンの言葉の中には、現在・過去・未来があると思っています。「次の」は未来、「道を」は現在、「発明」はトヨタグループの原点である豊田佐吉の発明です。
現在・過去・未来を現代風の言葉にして、みんなが考えられるビジョンとして「未来の道をみんなでやろう」という思いを込めています。英語では「Inventing our path forward, together」です。こちらのほうが意味はわかりやすいのではないのかと思います。
これは直訳しておらず、英語に入っていて日本語に入っていない言葉に「together」があります。
「道」も、「road」ではなく「path」です。私がトヨタ自動車の社長になった時に、「もっといいクルマをつくろう」というビジョンを掲げました。これに対し、メディアの方からよく「何を言っているのかわからない」「数値目標も言えないのか?」と言われました。
今回も、社員からは「『もっといいクルマ』とは、どのようなクルマですか?」とよく聞かれました。私は「それはみなさんが考えることではないのですか?」と、私にとっての「もっといいクルマ」を決して言わずに進んできました。だからこそ、トヨタ自動車から多様なクルマが商品として出てきたと思っています。
私が仮に、自分にとっての「もっといいクルマ」を答えていたら、スポーツカーだけになってしまっていた可能性もあります。しかし、働くクルマ、コモディティのようなクルマ、ファミリーが使うクルマ、長年モデルチェンジもしなかったクルマなど、TNGAとカンパニー制、地域性によって、さまざまなクルマが出てきたわけです。
今回のビジョンも、「次の」は誰でもわかりますが、「道」には多様化した方々によってそれぞれの解釈が出てくると思います。そして、原点である「発明をしよう」を1つのグループビジョンにして、クルマではなくて「モノをつくろう」「モノを発明しよう」を我々のグループの再出発の旗印にすることからスタートしたいと考えています。
質疑応答:責任者としての足元の具体的な取り組みについて
質問者:ビジョンの中で「次の道を発明しよう」と、将来への取り組みを示されたと思いますが、「もう一度責任者としてトヨタを見る」とのご発言もありました。会長がこれからどのようなことに取り組まれるのか、足元の具体的な取り組みについて教えてください。
豊田:具体的な取り組みは特にないのですが、まず行動してみようと思っています。そして今日、各社のトップや現場リーダーの前でお願いしたのは、「次の道を発明しよう」ということと、私がトヨタ自動車という会社の主権を現場と商品に戻したことの意義を、一度ご自身で考えて欲しいということです。
私の次の行動として、今年は17社ある株主総会にすべて出席します。「株主の立場で、それぞれの会社を見させていただきます。勉強させていただきます」と伝えています。まずは今年6月の株主総会です。私がトヨタ自動車の議長を務めた時に、株主のみなさまから「グループ各社の日程が重なり、全部は出られないだろう」というご意見をいただいたことがあるため、日程はすべてずらしています。
出る気になれば出られますので、株主総会に行って株主の立場、いろいろなステークホルダーの立場からトヨタグループを一度見てみようと思っています。
それまでの間、数ヶ月ありますので、その間にどのようなことを考え、何をしたか、意見交換をしていきたいと思っています。
質疑応答:効率と品質の両立について
質問者:グループで相次いでいる不正について、各社の調査報告書を見ると「効率を追求して認証を簡単に通したいと、不正に手を染めている」というような記述が多く見られて、効率を追求するあまり品質が担保されていないと読めてしまいます。
トヨタがTPSという考え方を大事にしていて、効率の追求が競争力の源泉となっていることは理解した上で、効率と品質を両立させるためにはどのようにしていけば良いと考えているかを教えてください。
豊田:トヨタ生産方式の目的は効率ではありません。改善が進む風土を作ることだと思います。
いかなる企業であっても必ず問題は起きると思います。いろいろ対策しても必ず問題は再度起こる時がきます。その時に、どのような対処をするかというと、トヨタ生産方式には「異常管理」という考え方があります。
正常部分を全部管理することは非常に難しいのが現実です。それならば、何が異常で、何をしてはいけないのか、異常をまず明確にします。異常管理ということで、まずは限度を超えたことを直していくのです。
トヨタ生産方式の改善のかたちを実行し、そのサイクルを回していくことで、より良い企業に近づいていきます。ただし、より良い企業に近づいたとしても、チャレンジをしていく限り、問題は起こるはずです。その問題を今回のように大きな問題になるまで放置せず、早期にわかった段階で1つずつ潰していくような体質を取り戻すことが必要だと思います。
だからこそ、まずはスタートポイントであるビジョンが必要であると思います。ビジョンをベースに、私が株主総会に出席したり、いろいろな人の話を聞いたりして、何が異常かを明確にしているのかどうかを探りながら進めていこうと思います。しかし、私には2つの目と耳、時間にして1日24時間、1年365日と、ほかのみなさまと同じ条件しか与えられていません。私が1人でできることは、限られています。
ただし、十数年前にトヨタ自動車の社長になった時に比べれば、本当のことを言ってくれる仲間がたくさん増えてきているのも事実です。14年間で培った仲間、ネットワークを使いながら、そのような風土を取り戻したいと思っています。ぜひ、厳しくも長い目で見ていただきたいと思っています。
質疑応答:不正への対応と責任者としてのゴールについて
質問者:日野自動車、ダイハツ工業、豊田自動織機で連続して不正が起きたということは、グループ内でほかにも不正があるのではないか、と多くの人が疑っていると思います。
グループ内で、もし今似たような問題を抱えている社員がいれば「隠していないで教えてほしい、上司に連絡してほしい」という立場なのかどうかをお聞きしたいと思います。
どの報告書にも「言えなかった」という報告がありますので、「今まさに失敗、あるいは不正を抱えている人がいたら、すぐに報告したほうが良い」とあらためて言っていただけるとありがたいと思います。
また、今回ビジョンを示されましたが、豊田会長はグループの責任者として、どのようなゴールを想定しているのでしょうか?
豊田:私が知っている限りほかに不正はありません。そして、本日を会見日に設定したのも、昨日、豊田自動織機があの件を発表することを知っていたからです。私が責任者となることによって、何が変わるのかを正直に言いますと、発表の時期だと思います。
例えば日野自動車は私が知ってから、1年以上経って世間に発表しました。ダイハツ工業は6ヶ月ほど、豊田自動織機は10ヶ月ほどかかっています。もし私が、はじめからその事象を理解していたら、もっと早い時期に発表したと思います。それは責任者だからです。責任者だから、それができると思います。
14年前に公聴会に行った時、私はトヨタ自動車の社長でしたが、社内のいろいろな情報が私の耳に入ってくるまでに、3ヶ月のギャップがありました。
トップである私が下に降りて情報収集しても、限界があり、「現場でこのようなことが起こっている」という情報が届くまでに3ヶ月ほどのギャップがあったと思います。
ところが、それ以降、トヨタのトップダウンは、トップが下に降りていくもの、そして情報は自分から取りにいくものと私の行動、実績を見てきた人たちがいますので、私がトヨタグループの責任者として名乗りを上げたことで、「このようなことを言ってもいいんだな」など、長期的なコミットメント、すなわち多少の安心感につながると思います。
今朝もQ&Aの時に、トップが全員並んでいる中、現場のリーダーから正直な質問が寄せられました。担当者など多様な方々から、さまざまな質問が出たのです。そのようなことが話せる雰囲気は、私が14年間で作ってきたものだと思っています。
そこに頼るだけではダメですが、そのようなことを思っている社員がいると思います。私が全部を解決できるわけではありませんが、少なくとも不安に思っていること、これは行って良いことなのか悪いことなのかを言える相手の顔が見えたと思います。そのようなことから、一歩一歩進めていくことなのではないかと思います。
また、ゴールはありません。ゴールは、トヨタ生産方式もそうなのですが「改善後は改善前」ということで、ずっとやり続けることだと思うのです。
あえてゴールと言うのであれば、私と同じセンサー、感覚を持った経営層を1人でも多くつくり上げていくことだと思っています。そのようなセンサーを身に付けられるようなアドバイスや相談、叱咤激励を行っていき、世の中から「トヨタグループは人材豊富でいいですね」と言われた時が、自分自身のゴールなのだと思います。
司会者:ご質問の中で「伝えてほしい」と言われる立場かを尋ねられましたが、先ほどのグループビジョン説明会で、若手社員が質問をした時に、豊田会長は実際に「ファクトを持って自分のことを伝えてきて」と反応していました。
質疑応答:責任者としての成果とトヨタグループの結束強化について
質問者:「ゴールはない」とのお話でしたが、どれくらいのタームで、どのようなかたちを見せることが、責任者の成果につながるとお考えでしょうか? 改善についてゴールはないということですが、例えば2年、3年以内にかたちにすることがあれば教えてください。
また、「これまではトヨタグループを統括する会社はなく、どのような立場の人でも経営参加できるようにしてきたのが私流のガバナンスだった」とお話がありましたが、今回責任者になることで、グループのグリップを強めると理解してよろしいのでしょうか? これまでも出向者や現場での交流など、トヨタ自動車から何人もの社員や幹部がグループ会社に入っていたと思います。
責任者となることで、例えば資本の見直しなども含め、トヨタグループの結束を強める方向性につながることがあり得るのでしょうか?
豊田:ゴールがないということ、そして何年で成果を見せられるかは、わかりません。社長になって14年で佐藤社長にバトンを渡しました。そのような感覚なのかなとも思っています。
私が社長を務め、例えば今のトヨタ自動車の中に「もうこれだけ続けたのだから、社長を辞めなさい」と言う人はいないと判断しました。そのため、引き際、辞める時は自分自身で判断するべきだと思い、14年目に社長を譲る決心をしました。
その心は、やはりトヨタ自動車がモビリティカンパニーに変革するにあたって、自動車屋という土台をつくることができ、体力もつきました。ここから先、モビリティカンパニーに変革していくため、リーダーが若い人になれば、それを支える人たちもより多様化してくると思います。
そのような意味で、若いリーダーに託したことに重ねて考えますと、トヨタグループの場合は、責任者であっても会長や社長のポジションをとるわけではありません。
私の思いとしては、主権を現場と商品に戻すという点ではこだわりを持ちたいということです。グリップ力も、ご質問の中にあったようなグリップ力ではなく、どちらかというと現場や商品軸でのグリップを固めていきたいと思っています。
トヨタ自動車でも、社長から会長職にはなりましたが、マスタードライバーという役割は今も私の名刺上に残っており、もっと良いクルマづくりのセンサーの決断者として残っています。
私がダイハツ工業、日野自動車、豊田自動織機のマスタードライバーをするのかというと、行いません。いまさらフォークリフトや大型特殊車輌の免許を取るのも大変ですし、ダイハツ工業がつくっているクルマの乗り味を決めなさいと言われても無理だと思います。
そのため、今日の午前中にお願いしたのは、各社まずマスタードライバーをつくりなさいということです。各社がマスタードライバーにどのような人選をするのかというところから、私のグリップが始まっていくとご理解いただきたいと思います。
質疑応答:マスタードライバーの役割について
質問者:マスタードライバーの仕事とは、当然クルマの乗り味を決めるだけではなく、最後のフィルターとしての機能があると思います。
そのような意味では、今回いろいろな問題が起きたダイハツ工業や、豊田自動織機のマスタードライバーも、最後のフィルターとして機能すべきなのではないかと考えますが、その思いを聞かせてください。
豊田:おっしゃるとおりだと思います。私がトヨタ自動車に今与えられている役割は、会長とマスタードライバーです。グループ各社の責任者になる場合、どのような役割を1番担うかというと、トヨタの会長ではなくマスタードライバーという役割を前面に出し、商品、現場力にグリップをかけていきたいと思っています。
単にそれぞれのブランドの味づくりを担当するわけではありません。どのようなクルマにしたいのか、この車によって何を得たいのか、商品コンセプトを超えたクルマ自身の役割、使命のようなものを語れるのかどうかで人選をお願いしたいと思っています。
まずは、各社が選んだ人と私自身が一緒にクルマに乗り、どのようなセンサーを持っているのか、どのような会話ができる人なのか、共感することから始めようと思っています。
あまりこの場で言いますと、各社がそれに合ったスペックで人選をすると思います。それでは会話が成り立たちませんので、どのような方を選ぶのかは各社の意思を尊重します。
話は変わりますが、本日も会社のグループリーダーを呼んできてくださいと話しました。トヨタ自動車からは運動部のヘッドコーチや、リクリエーション研究部のリーダーのような方々が今朝のミーティングに参加しました。
残念ながら、トヨタグループ各社は本日来られるリーダーを肩書きで選んでいます。ここに、肩書きで選ぶ、役割で選ぶ差が出たと思います。
そのため、肩書きではなく、マスタードライバーという役割でグリップ力を上げていきます。これこそが、私ができるやり方だと思います。ほかとは手法は違うかもしれませんが、ぜひ見ていただきたいです。
その延長線上には、商品が中心にあり、人を大切にする企業風土が間違いなくできると思いますので、ぜひともご理解いただきたいと思っています。
質疑応答:一連の不正がどのような重要性を持つかについて
質問者:冒頭でも縦の系譜、横の系譜についてお話しされていましたが、この14年間をはじめ、今のトヨタの歴史を1番深く知り、理解されているのが会長ではないかと思います。
14年間の中でも品質や、災害、新型コロナウイルスなど、いろいろな危機があったかと思います。そのような危機を経験されてきた豊田会長に、去年頃から明らかになっている一連の不正が、グループにとってどれくらいの重要性と、どのような意味を持つものなのかを教えていただきたいです。
豊田:大変大きな重要性を持つことだと思います。何が1番重要性を持っているかと言うと、原点を見失っているところではないかと思います。そのため、本日グループビジョンをご説明する際に、あらためて考えたのは、トヨタグループの起源がいつなのかということです。
会社ができた設立年月日ではなく、自動織機から自動車をつくる議論をした場面が出発点ではないかと考え、系譜を整理してみた時に、最初に縦に伸び、ある時期から横に広がり始めました。
現在、トヨタが自動車からモビリティカンパニーに変わろうとしている時に、このようなことが出てきました。それぞれが大きな会社になり、それぞれが別の価値観を持っていますが、根っこは同じという認識でした。
しかし、それぞれが大きな会社になったため、普段はオペレーション上、トヨタの機能分業で接する場合が多いのです。機能で接したところで、なかなか会社自体の評価や、運営、経営という意味ではどうなっているのか、また、トヨタが発注者になっている場合も多々あるため、トヨタに物が言いづらいという点もあると思います。
変なヒエラルキーではなく、元々同根でモノづくりを行ってきた同志だと思っています。そこから発展してきた継承者だということを出発点に、新たなビジョンを掲げ、上から目線でも、下から目線でもなく、私自身が社長を辞め、普通の自動車好きのおじさんになったように、マスタードライバーとして、まずはいろいろな方と普通に話をしていくことが必要ではないかと思っています。
そこでは「トヨタの会長」という肩書きが邪魔をする場面もあります。そこを崩しながら、私が14年間で得た仲間たちとともに、1つずつ探りながら進めていくことだと思いますので、重要です。
そして、原点を見失ったことが1番の問題だと思いますので、原点について本日共有しました。共有したからスタートできるということではなく、共有し、消化し、しっかり理解して初めて、行動、発言に移っていくと思います。
その部分については私も見ていきますが、ぜひともみなさまからも厳しい指摘をお願いしたいと思います。
質疑応答:ビジョンとカーボンニュートラルへの取り組みの両立について
質問者:カーボンニュートラルについての取り組みのお話があまり出てこなかったのですが、本日お話されたビジョンと、カーボンニュートラルへの取り組みの両立について教えてください。
ある程度、マルチパスウェイ戦略が根付いてきたように感じます。根付いたからこそ、グループを立て直す方向に力を入れているように感じますが、いかがでしょうか?
豊田:両方に力を入れています。我々が理解しなければいけないのは、トヨタはグローバルかつ、フルラインの会社であるということです。
フルラインかつグローバルで1,000万台以上を売っている会社は、全世界に3社あります。その中でトヨタは、世界のいろいろな地区で最大約20パーセントと、まんべんなくお付き合いがあるということです。
世界各国にモビリティを提供している会社ですので、どのような方にも移動の自由を失わせてはなりません。カーボンニュートラルで言うと、さまざまなエネルギー事情などで、進め方は変わってくると思います。
ただし、トヨタはフルラインでグローバルですので、どのような方も置いていかないという覚悟を持っています。その意味で、マルチパスウェイという手段を取らざるを得ないと思います。
どのクルマも本気でつくるために、トヨタ自動車はカンパニー制をとっています。例えばBV、水素、働く車、コモディティ、それぞれのカンパニープレジデントがフルラインの中でも、1番情熱と努力を注いでいます。
それを今の執行メンバーがどのようなかたちでマネージしていくのか、私自身はマスタードライバーの立場で「このような車にしてほしい」「これではまだ足りない」などの意見を伝えていきたいと思っています。
本日発表したグループビジョンは、このような会社になっていきたいという、いわば羅針盤みたいなものです。カーボンニュートラルでどう経営していくかは、それを成り立たせるための手段であるとご理解いただければわかりやすいかと思います。
質疑応答:今後の成長と戦略の転換について
質問者:トヨタグループの成長の歴史の背景には、今回の17社のようなトヨタグループ各社の努力もあると思います。
今回のグループビジョンの策定にあたり、トヨタ自動車のこれまでの成長とその戦略の転換はあるのでしょうか? 2011年のグループビジョンは、円高の厳しい中どうやってトヨタがこれから成長していくかを基軸に策定されたと思います。今回のグループビジョンを掲げる上では、おそらく優先順位が変わってくるのではないでしょうか? 今後のトヨタ自動車の成長規模の考え方について教えてください。
豊田:それは佐藤社長に聞いたほうが良いです。唯一私が言うならば、私がなぜ佐藤社長にタスキを譲り、若い世代に委ねたかについてです。
トヨタグループは、かつて織機から自動車に企業全体のモデルチェンジをした経験を持つグループです。CASEをはじめ、自動車産業が大きく変化していく中で、今までの単なるクルマ屋だけで、果たして未来はつくれるのだろうかと思うのです。そこで、モビリティです。しかし、モビリティとは何だろうかと言った時に、私も含めてまだ誰もわかっていないのです。
しかし、「モビリティの会社になっていこう」という命題を出したことによって、クルマ屋が起源となったモビリティ会社に変革する気持ちの変化が、今起こったと思います。
戦略というものは、佐藤社長を中心にトヨタ自動車の執行メンバー、グループ各社のCEOの方々が中心につくるものです。私は「モビリティカンパニーというものにチャレンジしていこう」「クルマ屋がつくるモビリティ会社とは一体何か」を、自問自答を含めて取り組んでいます。答えが出たらお知らせしますので、今しばらくお待ちいただきたいと思います。
質問者:本日のグループビジョン説明会の中では、モビリティカンパニーに変革する上で、グループ各社のみなさまの意見変革はどこが大事だと伝えたのでしょうか?
豊田:そのようなことは一切話していません。
質疑応答:経営陣の経営責任と今後の発注方法の見直しについて
質問者:グループの変革を進めていくという決意が語られました。トヨタや自動車産業は日本の産業をリードしているので、しっかりしてほしいと期待している人も多いと思います。
これからグループの変革を進めていく上で、直近のダイハツ工業、豊田自動織機をリードしてきた経営陣の方々の経営責任を、どのように考えていますか? このような事態の再発防止に向けて、トヨタ自動車として不正があった企業に対する発注の仕方を見直す考えはありますか?
豊田:トヨタは14年前に1度潰れた会社だと思っています。トヨタは14年間かかりましたが、いろいろなかたちで変革を実行してきました。今回のさまざまな不正を起こした3社は、いわば行ってはいけないことを行いました。
それに対しては、会社をつくり直すくらいの覚悟で取り組まざるを得ないと思っています。つくり直すとは、それぞれの会社が強みを活かし、今まで取り組んできた仕事が無駄にならないようにすることです。
自分の人生をかけて、さまざまな仕事を行ってきたのです。そのような人たちが、「変革してもこの会社でよかった」と思えるような変革の仕方を探していくことが、責任者として私が取り組んでいくべきことではないかと思います。
変革の仕方は、時期を見てそれぞれの会社から発表があると思いますので、ぜひ見守ってください。それまでの間、私は責任者であることを明確に示した以上、相談にも乗っていきます。
私が相談に乗るポイントは、今までその仕事を行っていた人が、この会社にいてよかったと思える変革の仕方になっているかどうか、そして確実に未来における種まき、育成、刈り取りができるかたちで、ちゃんとリソーセスが配分されているかの2点だと思っています。
質疑応答:ダイハツ工業の親会社としての責任について
質問者:「グループの責任者であって各社のトップではない」というお話がありましたが、一連の不正の中で、ダイハツ工業に関しては完全子会社です。
会長が社長だった時に完全子会社化を決断され、ダイハツ工業にもトヨタ自動車から多くの幹部の方が入っていった経緯があります。豊田会長自身はダイハツ工業の不正を見抜けなかった責任や、トヨタ自動車としての責任をどのように考えていますか?
豊田:私自身がなぜ見抜けなかったのかという点についてです。社長を務めていた14年間は、今もそうですが、平穏無事ではなかったのです。赤字で会社を引き継ぎ、リーマン・ショックがあり、リコール問題、東日本大震災、タイの洪水など、さまざまな危機の連続でした。ゆとりがなかった、というのが正直なところです。
トヨタを立ち上がらせるだけで精一杯だったため、見ていなかったというよりも、見られなかったというのが正直な見方です。その意味で、昨年私が会長になったのは大きな変化点だったと思います。実際には異なりましたが、社長よりは会長のほうが、もう少し時間にゆとりがあると思っていました。
トヨタ自動車の社長だった14年間は、「トヨタらしさとは何だろう」と考え、トヨタ自動車のビジョンを掲げるところからスタートしました。今度はトヨタグループのビジョンを掲げ、そのような目でグループ全体の責任者としての役割を果たしていきたいと思っています。
何だかんだ言って、やはり別会社なのです。資本というだけでは、なかなか理解や解決ができない企業間の歴史、企業間の付き合い方というものがあります。単に資本の論理だけではなく、従業員、取引先、お客さま、すべてのステークホルダーに「この会社はもっと発展していい」と思ってもらえるトヨタグループに再生するよう、リードしていきたいと思います。ぜひとも叱咤激励含めて、長期目線で見ていただきたいと思います。
豊田氏からのご挨拶
本日は急遽お集まりいただき、本当にありがとうございました。ビジョンの発表ということで、トヨタグループで起こった不正、3社の個別の詳細には入りませんでしたが、私自身のモノの見方、考え方などを、みなさま方に多少ご理解いただけたのではないかと思っています。
行ってはいけないことを行ったグループの責任者として、いろいろとご心配をおかけしたことを、あらためて大変申し訳なく思っています。
本日からグループ責任者として、いろいろなかたちで動いていきますので、ぜひ今後とも叱咤激励をよろしくお願いしたいと思います。